出典:家庭医学大全 6訂版(2011年)
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慢性砒素中毒
まんせいひそちゅうどく

慢性砒素中毒とは?

どんな病気か

 一般的には、長期にわたって、経口、経気道的に比較的少量の砒素化合物にさらされる場合に起こる慢性中毒症です。

 慢性中毒で最も重要なのは皮膚症状です。全身の皮膚に色素沈着として現れる黒くなる現象に伴い、皮膚が白くなる脱色素斑も合併してきます(砒素白斑黒皮症)。手のひらや足の裏などの皮膚には、角質が増えてたこ状になります(角化症)。

 長期にわたって砒素にさらされたあとには、ボーエン病皮膚がんも発生します。そのほか、鼻出血、鼻中隔穿孔(孔があく)、しびれ感を示す末梢神経障害なども認められます。

 職業病として問題になることが多いのですが、経口的曝露による一般住民の慢性砒素中毒症もあります。多くは環境汚染により起こった事例で、近年ではタイ、インド、台湾、中国などで、砒素に汚染された井戸水による多数の中毒患者の発生が問題になっています。

 日本の一般環境の砒素汚染では、宮崎県土呂久鉱山周辺地域の住民、島根県笹ヶ谷鉱山周辺地域の住民の慢性砒素中毒症が有名です。1973(昭和48)年2月には国の「公害にかかわる健康被害に関する特別措置法」のなかに、指定疾病として慢性砒素中毒症が追加され、また旧鉱山および精錬所の労働者に関しては労働者災害補償保険法が適用されています。

 砒素を含む粉塵曝露による肺がんの発生、砒素化合物の経口、経気道曝露によるボーエン病および皮膚がんの発生があり、これらは多くの疫学的研究により明らかにされています。

原因は何か

 砒素や砒素化合物を経口摂取するか吸入して、長期に少量ずつ吸収すると慢性中毒になります。

 職業性で起こる場合と、もともと土壌中に多かったり、砒素汚染によって砒素含有量の高い飲料水を飲んで起こる場合があります。

症状の現れ方

 経気道曝露が長期に及ぶと、慢性気管支炎が起こり、また急性中毒にみられる皮膚炎とは違った部位に皮膚症状が現れます。すなわち、足の裏、手のひらを中心に角化症が認められるようになり、顔面、四肢、体幹部のとくに衣類などでの摩擦部位を中心に角化、色素異常(黒皮症と白斑)が認められ、このあとの経過で角化いぼ、ボーエン病皮膚がんになります。

 呼吸器症状および皮膚症状が現れる前後から疲労、倦怠感、めまいなどの全身症状を訴え、高度のものでは神経痛に似た疼痛やしびれ感など、末梢神経炎の症状も加わってきます。また砒素化合物、とくに三酸化砒素の高濃度曝露では、鼻中隔穿孔を起こします。金属精錬作業者には肺がんの増加が認められています。

 経口的曝露による慢性砒素中毒症では、台湾における井戸水の常用により起こった烏脚病(下肢の壊疽および皮膚がん)が慢性砒素中毒ともされています。

 この場合、経気道曝露と違い、疲労、倦怠感、めまい、体重の減少などの全身症状が最初にみられ、同時に皮膚の角化症、顔面、四肢、体幹部の色素異常が認められます。

 日本では土呂久鉱害や笹ヶ谷鉱害の慢性中毒者中にボーエン病が認められ、角化、色素異常、いぼや膀胱がんがあり、また多発性であることが特徴です。

検査と診断

 職業性の場合には、砒素の曝露期間と作業環境中の濃度を調べることが不可欠です。眼・鼻・口腔粘膜刺激症状、皮膚症状、末梢神経炎は診断に重要です。業務上疾病として現在診断基準で認められているのは、鼻中隔穿孔、皮膚障害、末梢神経炎です。

治療の方法

 治療薬として、キレート剤であるジメルカプロール(バル)が使われてきました。予後は、全身性の黒皮症は曝露から離れると徐々に軽快します。しかし色素沈着や白斑は持続的であり、角化症も改善しにくい傾向にあります。末梢神経炎は軽度であれば治ります。

(執筆者:前栃木産業保健推進センター所長 松井 寿夫)

砒素中毒に関連する可能性がある薬

医療用医薬品の添付文書の記載をもとに、砒素中毒に関連する可能性がある薬を紹介しています。

処方は医師によって決定されます。服薬は決して自己判断では行わず、必ず、医師、薬剤師に相談してください。

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コラム森永砒素ミルク事件

前栃木産業保健推進センター所長 松井寿夫

 粉ミルクの安定剤として添加した第二リン酸ソーダに含まれていた砒素によって起こった、乳児の砒素中毒です。

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