[僕と私の難病情報] 2023/01/17[火]

いいね!つぶやく はてなブックマーク
難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法)が2015年に施行されてから7年。2022年12月には改正難病法が成立しました。厚生労働省の「難病患者の総合的地域支援体制に関する研究」班で研究代表者を務める医師の小森哲夫先生に、難病医療提供体制の課題と取り組みについて、また1月17日の「防災とボランティアの日」に合わせて、難病患者さんの災害対策について話を伺いました。

小森哲夫先生
弘前大学卒業。同大学院医学研究科修了。医学博士。東京都立神経病院で神経難病診療と研究に従事。Western Ontario大学神経科学教室へ留学。前国立病院機構箱根病院長。国立病院機構本部審議役。日本病院会理事。日本神経学会難病医療体制セクションリーダー。日本神経治療学会功労会員。日本臨床神経生理学会名誉会員。学会賞受賞。厚生労働省「難病患者の総合的地域支援体制に関する研究」班研究代表者。国立病院機構箱根病院名誉院長。2022年4月から国際医療福祉大学小田原保健医療学部学部長。

難病相談支援センターの標準化など課題は山積

私は、25年以上難病の診療と研究に携わってきました。厚生労働省の難病に関連する研究班での活動も続いており、多くの先達の長い歴史を継承した現在の「難病患者の総合的地域支援体制に関する研究」班では研究代表者を務めています。私が2021年度まで院長を務めていた国立病院機構箱根病院に事務局を置き、難病支援に関わるさまざまな職種で日本をリードする方々に分担研究者として加わっていただいています。

難病法が成立して以降、少しずつ難病に対する医療提供体制をはじめとした総合的支援体制の整備は進んできていますが、患者さんはまだ不十分だと思われていることでしょう。

難病法の施行によって得た最も大きな恩恵は、医療費助成に安定した財源確保が可能となったことです。

また、医療費助成の対象となる病気が指定難病として拡大整理されました。指定難病の数も制度開始時の110疾患から徐々に増加しており、2021年11月現在、15疾患群で338疾患が定められています。医療費助成の対象となった患者さんが増えたことで、以前よりは難病について世の中に認知されるようになってきていると感じています。一方で、重症度を指標として導入したことにより、医療費助成の受け方が少し複雑になりました。

医療提供体制については、ほとんどの都道府県で難病の診療において中心的な役割を担う「難病診療連携拠点病院」が指定されるなど、形が整ってきたといえるでしょう。また、保健所や、患者さんの日常生活上の相談支援を行う難病相談支援センターの立ち位置が明確になってきました。しかし、課題は数多く残っており、厚労省の研究班では現状把握に基づいて現実的な政策提言などの取り組みを進めています。

そのひとつは、難病相談支援センターの標準化です。難病相談支援センターは、設置が始まって20年超になりますが、都道府県によって直接運営しているところもあれば、患者会などの団体に委託しているところもあり、体制がまちまちです。地域の実情を考慮したサービスのあり方は重要ですが、都道府県の運営への関与、業務内容、職員の研修、待遇などについて、一定程度の標準化を図り、業務やサービスの地域差縮小を考える時期に来ていると思います。

また難病医療提供体制では、医療機関と保健所、難病相談支援センター、医療機関外の地域における看護、介護、障害福祉事業所などの連携がとても大切です。研究班では現在、円滑な連携体制の構築について好事例収集を含めて整理しており、参考になる資料を提供しようと考えています。長期にわたる難病患者さんの療養では、身近に寄り添う看護師の存在が大変重要です。難病をよく知る難病看護師の働きにも期待しています。

定期的に地域の情報共有をはかる場として、「難病対策地域協議会」は地域連携の核となると思われます。新型コロナウイルス感染症の影響で中断していた地域も多いようですが、徐々に再開してきているところと思います。難病対策地域協議会は、難病対策を主管する地域の保健所を中心として、医療従事者や介護専門職、教育関係者、行政機関など難病患者さんの支援に関わる人たちが情報共有を行う場で、当事者も参加する場合があります。難病法では自治体の努力義務として設置することを求めています。

「患者さんの目線の先にある風景」を考えて医療提供体制を整備する

難病患者さんのための医療提供体制を整備するにあたっては、「患者さんの目線の先にある風景を考える」ことを忘れてはなりません。患者さんの状況によって、医療提供体制を含めて必要な支援が異なるからです。

難病医療提供体制は2つの方針を大切にしています。ひとつは、できる限り早期に正しい診断ができる体制を作ること。つまり拠点病院の整備です。

もうひとつは、診断がついて治療方針がある程度固まったら、地域の医療機関で適切な医療を受けることのできる体制を確保することです。

しかし、この2つは、医療だけで完結する患者さんを対象とした体制であり、必ずしもそのルートに当てはまらない患者さんも存在します。次第に外来に通えなくなり、在宅療養が必要になる場合もあり、医療だけでなく、介護や福祉など広い範囲での支援が必要な疾患群や患者さんがいます。

このように患者さんの状況によって必要な医療提供体制を整備するためには、難病の診療分野別に拠点病院を設置することも有効な手段です。神経・筋疾患を中心に難病診療分野別拠点病院を設置している都道府県もありますが、さらなる充実が必要かもしれません。

多職種連携の強化に向け、クロスオーバー形式の教育研修用プラットフォームを開発

難病支援では医療従事者、介護専門職など多くの職種が協力しあうため、多職種連携も非常に重要です。そこで研究班では、多職種連携の強化につながる教育研修(e-ラーニング)のプラットフォームを開発しており、2022年度中にもテスト版を開設する予定です。プラットフォームでは、国が実施している初期研修を補完する形で、さまざまな職種や団体が作成したコンテンツを活用してレベルアップを図っていただけるようにしたいと考えています。職業や職種ベースで区切ることなく、たとえば看護に関するコンテンツであってもケースワーカーや介護専門職も見られるクロスオーバーの形式とすることが特徴です。有効に活用するためのデータ収集をしたいと思います。

多職種の交流や情報共有を行う機会を増やすために、研究班と日本難病医療ネットワーク学会、日本難病看護学会、神経難病リハビリテーション研究会は2021年、「難病患者を支援する医療学術団体合同会議」を開催しました。顔が見える関係を作り、職種間の垣根を低くしたいと考えています。2022年度から簡便に「難病支援学術コンソーシアム」と称して今後も積極的に学会の企画などで交流を深め、2025年には合同学会を開催する予定です。

慢性病を抱える子どもの相談窓口と難病相談支援センターの連携を

医療の進歩により、小児期に発症した慢性の病気を抱えながら成人期を迎える患者さんが増えています。成人後は、子どもの医療に特化した小児診療科だけを受診するのは最適とはいえず、成人診療科への移行が望ましいため、円滑な移行を行うことが課題です。移行期医療をサポートするために、一部の都道府県では「移行期医療支援センター」を設置し始めており、これから増えていくことが期待されています。

移行期医療支援センターは、こども専門病院など小児医療の拠点となる医療機関に設置されていることが多いのですが、それでは設置されている医療機関以外に通院・入院している患者さんは相談しにくいとの声も聞きます。

慢性病を抱える子どもを取り巻く問題は、移行期医療だけではありません。病気の診断をされたとき患者さんや家族は非常に混乱します。ご自身を責める保護者も少なくないため、家族へのサポートが必要です。さらに、教育現場における医療との連携についても、個別の事情を踏まえ柔軟に検討していくことが求められます。しかし、こうした問題に対応するための相談体制は十分とは言えないと思います。

子どもの慢性病について国は、児童福祉法に基づき「小児慢性特定疾病」と定め、医療費の助成などを行っています。小児慢性特定疾病と指定難病は、制度が異なるため、連携が難しい面もあります。まずは、少数しかない移行期医療支援センター機能を補完する意味で、小児慢性特定疾病かつ指定難病に定められている病気を抱える患者さんを対象に、難病相談支援センターが継続的に支援していく体制を構築するのも良い方策ではないかと考えています。

指定難病に含まれている小児慢性特定疾病の患者さんには移行期医療支援センターと難病相談支援センターの連携を深めることで診断後の混乱から成長に沿った支援、成人医療への移行、就労など多彩な相談のハードルが下がるでしょう。神奈川県では2020年から移行期医療支援センターと難病相談支援センターの両方を箱根病院が受託運営していてスムーズな連携ができています。この課題に対応するモデルのひとつではないかと思います。

難病患者さんの災害対策で指針を作成、地震だけでなく風水害の備えも重視

2022年4月、研究班では「災害時難病患者個別避難計画を策定するための指針(追補版)」を公表しました。個別避難計画とは、災害時に自ら避難することが難しい人たちを対象として個別に作成する避難計画のことです。災害対策基本法が2021年に改正され、避難行動要支援者の個別避難計画作成が市町村の努力義務として定められました。ただ、そこに含まれる難病患者さんを対象とした個別避難計画は複雑で医療従事者が関わらないと作成が難しい現実があります。この冊子は、それに参考となる情報をまとめたものです。

難病患者さんの災害時の避難に関連した指針は、新潟大学名誉教授で現:新潟医療福祉大学学長の西澤正豊先生が中心となり、2008年に初めて作成されました。その後、東日本大震災(2011年)、熊本地震(2016年)と大きな災害を経て、難病患者さんに対する災害時の支援のあり方が大きくクローズアップされたことを踏まえ、2017年に指針の改訂版が発行されました。これを引き継ぎ、アップデートしたものが新たに公表した追補版の指針です。

難病患者さんの災害対策はこれまで、地震を中心に災害対策を立ててきましたが、追補版の指針では近年多発している風水害への備えについても重要視し、事前対策の普及を目指しています。

難病患者さんの災害対策として最も大切なのは、避難計画をしっかりと作成して、どのようなときにどのようにして、どこの医療機関に患者さんを運ぶのかを決めておくことです。

特に自力で動くことが難しい重症の難病患者さんでは、自宅避難をするという選択肢もあります。しかし、土砂崩れなどにより道路が寸断し、助けが来られなくなってしまう危険性や停電のリスクもあるため、避難入院ができる体制を確保すべきだと考えています。

災害対策の普及に向けてはまた、保健師を主な対象としたセミナーを2018年より毎年行っています。東京都医学総合研究所主席研究員の小倉朗子先生が主導して大変内容の濃いセミナーです。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、2020年からオンライン開催しており、2021年には1000人以上の方に参加いただきました。2022年も継続開催し、当日視聴とオンデマンド視聴を合わせて1400人以上の視聴登録がなされました。

災害対策については、これまで多くの成果物を研究班として公表してきました。国立病院機構静岡富士病院名誉院長の溝口功一先生が継続して関わっています。現在の研究班でも難病患者さんの災害対策統括の役割を果たしていただいています。大きな災害が発生したときに難病患者さんの命が危険にさらされないようにするためには、これらの成果物をどのように使用するかがポイントです。難病対策を主導している国や自治体にも積極的に使用いただき、地域へ広げてもらえるとありがたいと思っています。体制の構築には時間がかかるものですが、少しずつでも前に進めていきたいですね。

患者と家族のためのオンラインラウンジ
患者と家族のためのオンラインラウンジ
記事の見出し、記事内容、およびリンク先の記事内容は株式会社QLifeの法人としての意見・見解を示すものではありません。
掲載されている記事や写真などの無断転載を禁じます。