[僕と私の難病情報] 2023/04/26[水]

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QLifeは2023年3月18日、「難病患者の治療と仕事の両立支援」をテーマとした難病患者さん向けの講演会をオンラインで開催しました。同日は、患者さんの両立支援の専門家である江口尚先生(産業医科大学産業生態科学研究所 産業精神保健学研究室/産業医科大学病院 両立支援科)による講演とQ&Aセッションを実施しました。内容のあらましを紹介します。

講演
難病を持ちながら働き続けるために~産業医からのアドバイス~
江口尚先生(産業医科大学産業生態科学研究所 産業精神保健学研究室/産業医科大学病院 両立支援科)

本講演の大前提として、働くにあたっては患者さん本人の意向が最優先であり、決して就労を無理強いするものではないことを心に留めておいてください。

治療と仕事の両立を考える上で重要な2つの考え方があります。ひとつは、共有意思決定(Shared decision making)です。これは、最善の治療が確立しておらず臨床的な不確実性が高い場合に、専門的な知見や経験による医療従事者の情報と患者さんの情報を照合し、複数の選択肢から協力して意思決定を行うことです。継続的な就労はまさに不確実です。明日の体調はどうなのか、いつまで働けるのか、いつから働けるのか、治療によってどの程度体調が改善していくのか――。さまざまなことが不確実な中で、できるだけ患者さんが納得できる意思決定を行っていくことが大切です。

もうひとつ、人生会議(Advance care planning)という考え方があります。これは、今後の治療・療養について患者さん・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセスを指します。患者さんの気がかりや意向、目標、症状・予後の理解、治療・療養の選好などの価値観に医療従事者が寄り添うためのものです。医療従事者が患者さんのよりよい意思決定をサポートするためには、患者さん本人が医療従事者との対話を通じて、自身の状況や考えを言語化していくことが重要です。

本講演の大前提・治療と仕事の両立の考え方

江口尚先生ご提供

このように、治療と仕事を両立する中ではコミュニケーションが最も大切な要素です。主治医とのコミュニケーションが難しいと感じる場合は医療機関の相談窓口で相談して、主治医との間に立ってもらうことが課題解決の糸口になると思います。

就労支援を行う窓口としては、産業保健総合支援センター(さんぽセンター)、難病相談支援センター、就労移行支援事業所の3つがあります。医療機関でも診療報酬で療養・就労両立支援指導料を算定している施設は積極的に就労のサポートを実施しているので、まずは医療機関の相談窓口を頼ってみるとよいと思います。

産業保健総合支援センターは都道府県に1か所ずつあり、両立支援促進員が会社に出向いて、適切な両立支援の実現に向けて個別のケースについて相談を行う個別調整支援を行っています。制度や医療費については難病相談支援センターを活用いただくとよいと思います。就労移行支援事業所では、就労に向けて必要な知識やスキルを身につけるトレーニングを受けることができます。トレーニングを受けながら、自身に合っている仕事について支援者と一緒に考えるのもよいでしょう。

会社に両立支援を求める上での課題を説明します。ひとつは病名の申告です1)。法律的には、病気になったと会社に伝えずに働き続けたり、病気を隠して就職したりしても、患者さんが不利益を被ることはありません。しかし、病気のことを伝えていないと会社から支援を受けるのは難しいため、会社にはある程度伝えておくことをおすすめしています。病名を会社に伝える際には、仕事と両立するための必要な配慮やできる仕事について診断書などで専門家の意見も説明することが、仕事ができなくなってしまうのではないかという懸念の払拭に役立ちます。職場に産業医や産業保健師がいる場合は、患者さん本人と会社との間に立って、ファシリテートを担ってくれることもあります。

もうひとつのポイントとして、病状の説明と言語化能力があります1)。会社が過度に戸惑わないよう、患者さん本人がしどろもどろにならずに自身の言葉で適切に情報提供を行うことが大切です。

職場の要因のコントロールは難しいですが、症状の説明については患者さん本人が経験を積んでいくことで、よりよい両立支援の実現が可能になると思います。

職場からみた両立支援が必要な労働者を受け入れる上での課題

これからの治療と就業生活の両立支援を考える研究会(研究代表者 江口尚):産業保健職・人事担当者向け 難病に罹患した従業員の就労支援ハンドブック.2016,p11.
[https://www.med.kitasato-u.ac.jp/lab/publichealth/docs/handbook.pdf]

会社と対話を進めていく上では、安全配慮義務と合理的配慮について知っておく必要があります。安全配慮義務とは、主治医として安全上絶対に許可できない就業制限が必要な作業に対して行われるもので、心臓病の方が重労働をする、糖尿病で意識障害のある方が自動車の運転をするなどが挙げられます。

一方、合理的配慮は絶対に許可ができない程度ではないが、より働きやすくするために可能であれば配慮した方がよい作業に対して行われるものです。たとえば、車いすで通勤している方がラッシュ時間を避けて通勤できるようにする、テレワークを利用する、疲れが出やすい方が仕事の合間に休憩室を使うことを許可するといったものがあります。この2つを分けて対応を求めると会社の負担軽減や両立支援のハードルを下げることができるでしょう。

会社が過剰な配慮や反応をしないようにするためには、治療・入院が必要となるタイミングや状況、これからの病状などの見通しをある程度説明しておくとよいと思います。また、症状に波があることや外見からはわからない痛み、体力の低下についても伝えておきましょう。今後の治療が仕事のスケジュールに影響するか、フレキシブルに働くことができるか、仕事を続けるために仕事内容や量など見直しが必要な点はあるかなど、情報を整理しておくことも大切です。

また安全面を重視しすぎると、できることは減ってしまいます。大きな症状の悪化は避けなければなりませんが、少し無理をして症状が悪化しても無理をやめれば回復する場合は、主治医と相談しながら試行錯誤することも、できる仕事の範囲を確認していくよい方法です。主治医と相談する際には、写真や動画の活用がおすすめです。具体的にイメージがつくと主治医もアドバイスがしやすくなると思います。

会社に伝えることを考える上でも、事前に相談窓口の支援者や職場の産業医・産業保健師などと事前にコミュニケーションをとることが重要です。

厚生労働省は、両立支援の取り組みとして「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」2)を作成しており、参考資料として「企業・医療機関連携マニュアル」3)を発行しています。難病の事例も取り上げられているので、両立支援に向けて会社がどのように対応していくのか、マニュアルを読むと理解が深まるでしょう。

厚労省研究班として我々が2018年2月にさまざまな病気の患者さんを対象として実施したインターネット調査によると、適切な治療を受けながら仕事を継続するにあたって会社から何かしらの支援が必要だと回答した人に会社への報告の有無を尋ねたところ、4分の1の方が会社に報告していないことがわかりました4)。これは大きな課題だと感じています。調査では、必要な支援を申し出ている人が半数にとどまっていることも明らかになりました。職場に申し出やすい環境や体制を作っていくことが大切です。

インターネット調査会社の疾患パネル(脳梗塞、脳出血・くも膜下出血、がん、潰瘍性大腸炎、クローン病、パーキンソン病、重症筋無力症、多発性硬化症、慢性腎不全、代謝内分泌疾患、関節リウマチ、線維筋痛症、血友病、再生不良性貧血、骨髄異形成症候群、骨髄線維症、混合性結合組織病、全身性エリテマトーデス、後天性免疫不全症候群〈AIDS〉、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、うつ病、躁病、双極性障害〈躁うつ病〉、統合失調症)のモニター男女1,100人を調査対象とし、1,134名から回答を得た。

治療と仕事の両立支援の現状

江口尚:当事者からの好事例の収集、支援モデル、活動評価指標の作成と検証、研究会開催.令和元年度労災疾病臨床研究事業費補助金 治療と就労の両立支援のための事業場内外の産業保健スタッフと医療機関の連携モデルとその活動評価指標の開発に関する研究 (研究代表者:堤明純)総括分担研究報告書.2020,p193-200.
[https://www.mhlw.go.jp/content/000700428.pdf]

会社の中で研修を実施している、ルールが整備されているところは、両立支援を行いやすい環境になっています。社内に両立支援に向けた体制があるかを調べてみるのもよいでしょう。

残念ながら、両立支援に後ろ向きな経営者に対して罰則を与えたり、前向きにさせたりする制度はありませんが、一緒に対策を考えることはできると思いますので、会社の姿勢についても相談窓口の支援者に伝えてみてください。

研究班では、難病患者さんに向けた冊子「仕事と治療の両立お役立ちノート(難病編)」「仕事と治療の両立お役立ちガイド(難病編)」も作成しています。ぜひ参考にしてください。また、ピア同士のコミュニケーションも有効だと思います。QLifeではSNSでのコミュニティも立ち上げているので、こうした当事者同士のコミュニティにも参加してみてください。

  • これからの治療と就業生活の両立支援を考える研究会(研究代表者 江口尚):産業保健職・人事担当者向け 難病に罹患した従業員の就労支援ハンドブック.2016,p11.
    [https://www.med.kitasato-u.ac.jp/lab/publichealth/docs/handbook.pdf](2023年3月27日閲覧)
  • 厚生労働省:事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン(令和4年3月改訂版).[https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000912019.pdf](2023年3月27日閲覧)
  • 厚生労働省:企業・医療機関連携マニュアル(令和3年3月改訂版).[https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000780069.pdf](2023年3月27日閲覧)
  • 江口尚:当事者からの好事例の収集、支援モデル、活動評価指標の作成と検証、研究会開催.令和元年度労災疾病臨床研究事業費補助金 治療と就労の両立支援のための事業場内外の産業保健スタッフと医療機関の連携モデルとその活動評価指標の開発に関する研究 (研究代表者:堤明純)総括分担研究報告書.2020,p193-200.
    [https://www.mhlw.go.jp/content/000700428.pdf](2023年3月27日閲覧)
Q. 障害者手帳のない働く難病患者が法定雇用率にカウントされる日は来るのでしょうか。
A. 現状では難しいと把握しています。合理的配慮の解釈や対象を広げていき、障害者手帳の有無にかかわらずさまざまな背景を持つ方を企業が積極的に採用していくことを目指しているのだと考えています。
Q. 医療費の助成制度で障害者手帳ありの場合/なしの場合、がん患者の場合について教えてください。
A. 制度が複雑で個別性が高いため、難病相談支援センターや医療機関の相談窓口に問い合わせると、適切なアドバイスが受けられると思います。
Q. 就労時間を増やしたいと考えています。どのタイミングでその決断をすべきか見極めるためのヒントをください。
A. まずは主治医に、就労時間を増やしたいがそれによって少し調子が悪くなったとしても取り返しがつくかどうかを相談していただいて、問題ないようであれば会社と調整し、たとえば1週間だけ、特定の曜日だけ就労時間を増やしてみるなど試行錯誤していくとよいと思います。
Q. 現職種が体調的・将来的に自分に合っているかどうかはどのように判断したらよいでしょうか。
A. 支援者や専門家と対話をしながら、ご自身の中で判断していただくとよいでしょう。
Q. 変形性腰椎症、頸椎症、関節リウマチを抱えており、指、手首、肩、腰、背中に痛み、手足にしびれがあります。ドクターストップがかかり2年前に退職。身体障害者年金は申請しましたが却下され、生活保護も受給できませんでした。独身で頼れる人もなく貯金も残り少なく再就職を目指しています。関節リウマチのために手を使う仕事は勧められないと医師に言われています。どのような仕事なら身体に負担なく就けるでしょうか。
A. まずは医療機関の相談窓口で状況を説明してみてください。障害者年金については、経験が豊富で当事者の方に寄り添ってくれる社会保険労務士に相談すると、置かれている状況が伝わる申請書の作成ができるかもしれません。また、就労移行支援を受け、何をどの程度できるか評価を受けると、より次につながっていくのではないでしょうか。
Q. 病気により仕事の効率が著しく低下している場合、どう対応すべきでしょうか。
A. 基本的には症状に応じて仕事をしてください。会社からこれ以上の対応は難しいと言われてしまう場合は、難病相談支援センターや医療機関の相談窓口で具体的なことを相談することをおすすめします。一時的に休職して、就労移行支援事業所に通ってトレーニングを積むことで効率を上げることができる可能性もあります。
Q. 症状をどのように医師に伝えればよいのかと、相談の仕方について教えてください。
A. 外来の時間は限られているので、一言、「こういう仕事をしているので、知っておいてください」と伝えて、次回の外来でどのような職場なのか写真を見せてみる、仕事で心配なことがあったときには相談に乗ってほしいと伝えてみるなどしてはいかがでしょうか。医療機関の相談窓口と主治医は連携をとっているので、相談窓口を利用するのも一案です。
Q. ハローワークや民間の転職斡旋会社を利用していますが、難病を理由に2年以上就職先が見つかりません。就職できた方は、どのように就業先を見つけたのでしょうか。
A. 病気のことを伝えた途端に会社の態度が変わった、採用を見送られたという経験をして傷ついている方が多くいる現状があります。しかし、病気のことを伝えて不採用になるような会社に対して病気を隠して就職した場合、働きやすい環境を整備してもらうことは難しいでしょう。残念ですが、病気のことを伝えると断られてしまうケースが生じるのは前提だと考え、ピアサポーターなど支えとなる伴走者を作って、自分に合った会社が必ずあると信じて諦めずに就職活動を続けていただくことが大切だと感じています。
Q. 病気を患っていてもそれが見た目にわかるものではなく、なんとか仕事をこなせている場合でも病気について周囲に伝えた方がよいのでしょうか。
A. できるだけ仲間を作っておくという意味でも、伝えられる範囲で伝えておくとよいと思います。職場の産業医・産業保健師や人事担当者、上司に相談をしてみてはいかがでしょうか。
Q. 病気について伝えるときの伝え方の工夫や相談の仕方にはどのようなものがありますか。
A. 病気になってできなくなることは限定的な方が多く、また診断名がつく前後で患者さんの状態は変わらない一方で、会社の対応が変わることがあります。情報を伝えられた会社が驚いて過剰な反応をしないように、主治医の意見書や職場の産業医・産業保健師の支援を活用して、適切な情報を伝えていくことが重要です。
A. 症状が悪化している場合の相談は何を工夫すればよいですか。
Q. 症状が悪化している場合は休むようにしてください。症状に波があることは事前に上司や同僚へ伝えておくとよいでしょう。休みやすくするための工夫としては、自分の仕事の記録を社内の共有フォルダにいれておくなどがあると思います。
患者と家族のためのオンラインラウンジ
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