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[注目疾患!] 2019/03/28[木]

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村山圭先生
千葉県こども病院
遺伝診療センター長・代謝科部長 村山圭先生

7,000人に1人が発症する希少難病の「ミトコンドリア病」。以前はほとんど病態がわからず、なかなか診断もつきませんでした。しかし、この10年で医療が飛躍的に進歩したことにより、原因遺伝子が続々と発見され、病気の仕組みも徐々にわかってきています。今回、ミトコンドリア病の中でも小児期での発症が多い「Leigh(リー)脳症」の新しい原因遺伝子を発見した、千葉県こども病院遺伝診療センター長・代謝科部長の村山圭先生に、ミトコンドリア病とその研究について、お話をうかがいました。

――ミトコンドリアとは何ですか?

ミトコンドリアは、細胞の中に含まれ細胞を構成している要素(細胞内小器官)の1つです。人間を含め、ほとんどすべての真核生物(核をもつ細胞から成る生物)はミトコンドリアを持っています。1つの細胞当たり、ミトコンドリアは数百個存在します。おもしろいことに、ミトコンドリアは細胞の構成要素でありながら、細胞とは独立して分裂、増殖するという特徴があります。ミトコンドリアは、「ミトコンドリアDNA」という、核に含まれるDNAとは独立した小さなDNAを持っており、それを使って増えているのです。

そんな変わった細胞内小器官であるミトコンドリアには、摂取した食べ物をもとに、体内の細胞が利用できる「ATP」という形でエネルギーを取り出すという、とても重要な役割があります。ミトコンドリアの中でATPを生合成する場は、「呼吸鎖複合体」と呼ばれ、さまざまな種類の酵素がATP合成に携わっています。

――ミトコンドリア病とはどのような病気ですか?

ミトコンドリア病は、ミトコンドリアの働きが低下することが原因で起こる病気の総称で、世界のどこでも約7,000人に1人が発症すると知られています。希少難病であるものの、小児の場合、亡くなってそのまま調べないこともあるため、見逃しなどを含めると、実際はもう少し多いと想定されます。

ミトコンドリアが正しく働けなくなるということは、必要なエネルギーを正しく取り出し、ため込むことができなくなることを意味します。原因は、核遺伝子、またはミトコンドリア遺伝子の先天的な異常で、「エネルギー代謝系(ミトコンドリア呼吸鎖)の先天代謝異常症」と言います。子どものうちに発症するミトコンドリア病は、4分の3が核遺伝子の異常、残りの4分の1がミトコンドリア遺伝子の異常が原因となっており、大人になってからの発症では、その割合が逆転します。

ミトコンドリア病では、肝症や心筋症など、さまざまな症状が現れます。さらに、臓器、組織、年齢を問わず、ミトコンドリアの機能に関連する非常に多くの遺伝子の異常で発病する可能性があります。特に、エネルギーをたくさん必要とする「神経」と「筋肉」は、症状が現れる頻度が高く、両者合わせて全体の半数程度になっています。


ミトコンドリア病で認める症状
(出典:日本ミトコンドリア学会編「ミトコンドリア病診療マニュアル2017」p3図1より許可を得て改変)

――Leigh(リー)脳症について教えてください

リー脳症は、MELAS(メラス:ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群)と並び、小児期に発症しやすいミトコンドリア病の1つで、4万出生に1人の頻度で発症するとされています。1951年に、イギリスの神経学者Denis Archibald Leigh が、「亜急性壊死性脳脊髄症」として報告したことで、この病名が付きました。「亜急性」とは、急性ではないけれども慢性ほどゆっくりでもない、急性と慢性の間を指します。壊死性脳脊髄症とは、脳や脊髄の一部組織が死んでしまう症状です。CTやMRIの画像所見で、脳幹や大脳基底核という部分に、両側対称性に亜急性壊死性脳脊髄症の特徴的な病変を認めた場合、リー脳症と診断されます。主な症状は、発達遅滞、筋力・筋緊張低下、呼吸障害、知的退行などです。

リー脳症の原因遺伝子は複数あり、その7割は核遺伝子、残りの3割はミトコンドリア遺伝子です。この10年で、遺伝子診断技術が急速に進歩したこともあり、リー脳症の原因遺伝子は現在75種類以上見つかっています。こんなに見つかっていても、リー脳症の疑いがある患者さんの半数程度は、まだ原因遺伝子が特定できていません。

――今回先生はリー脳症の新たな原因遺伝子を発見されたそうですが、それについて詳しく教えてください

千葉県こども病院/千葉県がんセンター研究所は、順天堂大学・難病の診断と治療研究センター、および埼玉医科大学小児科と共同で、2007年からミトコンドリア病の生化学診断と遺伝子診断の整備に取り組み、日本におけるミトコンドリア病診療の基盤構築を進めてきています。日本医療研究開発機構(AMED)の事業として、ミトコンドリア病に関する複数のプロジェクトが進行中ですが、今回の発見は、2016年から行っている「創薬を見据えた、ミトコンドリア病の新規病因遺伝子の発見とその病態解明」というテーマの研究によるものです。この研究の一環として、今回、リー脳症の原因となる遺伝子を、新たにまた1つ見つけ、今年(2019年)の1月に、神経系の遺伝的な研究に関する国際専門誌である「Neurogenetics(ニューロジェネティクス)」誌に、論文が掲載されました。

研究では、生後すぐにミオクローヌスと呼ばれる手足のふるえや、低体重などの特徴的な症状がみられ、脳のMRI所見からリー脳症と診断されたお子さんの遺伝子を、「全エクソームシーケンス」と呼ばれる最先端のDNA解析技術などを駆使して詳細に調べました。その結果、「PTCD3」という核遺伝子に、異常を発見しました。PTCD3は、ミトコンドリアがATPを作るのに必要な酵素を作るために不可欠な、リボソームという構造の一部(スモールサブユニット)の設計図となる、とても大切な遺伝子です。このPTCD3の遺伝子異常により、ATP(エネルギー)が正しく作れなくなって、病気を発症していたのです。ちょっと難しいですが、専門的な言い方では、「PTCD3異常がミトコンドリアの翻訳不全を引き起こし、ミトコンドリア呼吸鎖複合体I, III, IVの形成が障害され、酸化的リン酸化を介したATP産生の減少がもたらされていた」となります。

村山圭先生

――今回の研究で、先生が一番苦労なさった点は?

ミトコンドリア病やリー脳症に限らず、希少難病は、病態解明をしたくても、とにかく症例数が少ないのが世界共通の悩みとなっています。少しでも多くの症例を対象とするために、各研究は国際連携の体制が取られており、いまや国際連携が不可欠となっています。

今回の研究対象だった小児に発症するリー脳症は、希少難病の中でも重症度が高く、遺伝子診断の依頼も多くある中で、PTCD3遺伝子の異常が見つかったのは、たった1人でした。その後、国際的協力を得て、リー脳症の患者さんでPTCD3遺伝子に異常がある人が他にいるかどうか調べましたが、今回は、日本で見つかったこの1人の患者さんのみでした。この患者さんに対し、かなり詳細な解析を行った結果、この患者さんのリー脳症は、PTCD3遺伝子が原因であることは明らかでした。しかし、研究論文は一般的に、少なくとも違う家系で2、3例解析した結果でないと、論文として認められない傾向があります。そのため、認めてもらうまでに苦労がありましたが、無事世の中に発表することができました。

希少難病において、解析対象となる患者さんが1人しかいないという問題は、「N-of-1(エヌオブワン)問題」として、病態の解明において大きな課題となっています。今回、これを身をもって体験し、改めて診断・診療体制の普及や国際連携の大切さを実感しました。

――今回の発見は、今後の治療にどのようにつながっていくのでしょうか

リー脳症を含むミトコンドリア病は、まだ根治療法がなく、治療できる場合も対症療法にとどまっています。PTCD3が原因遺伝子であるとわかり、診断がつくようになっても、すぐに遺伝子治療や特効薬が開発されるわけではありません。一方で、PTCD3遺伝子に異常のある細胞に、実験的に正常型のPTCD3遺伝子を導入することで、ミトコンドリア機能の異常が回復することが確認されており、この結果は、将来遺伝子治療ができる可能性を示しています。根治に向けては、これからの課題となりますが、いずれにしても、まずは病態の解明が重要です。

今回の発見で、PTCD3の異常が、ミトコンドリアのリボソームや、呼吸鎖複合体I, III, IVに異常をもたらすということがわかったので、この部分を強化する治療も考えられます。今、呼吸鎖複合体II, III, IVを強化する薬として、「5-アミノレブリン酸」の治験が日本で始まっています。PTCD3遺伝子異常のリー脳症の患者さんでは、この薬による効果が一部期待できるのではないかと思っています。

村山圭先生

――最後に先生から、この記事を読んでいるみなさんに一言お願いいたします

千葉県こども病院は、遺伝診療センターを2018年4月に立ち上げました。ミトコンドリア病を診療する代謝科だけでなく、病院全体で横のつながりを保ちながら、循環器科や耳鼻科など、いろいろな科で希少難病を診断するために、複雑な検査を共有しながら進めています。

ミトコンドリア病については、国のプロジェクトとして、遺伝子診断の整備に加え、診断の均質化(どこでも同じように診断を受けられる)のために、診療する側の医師に対して診療ガイドラインを作ったり、ホームページで情報を公開したりしています。この施策に先立ち、ミトコンドリア病の分子診断を2007年から続けてきたことにより、いまや毎日診断依頼の検体が、全国から来ています。開始から12年経った今、千葉県こども病院への依頼検体数は年間350件くらいに増えました。検体数の増加は、病気に対する社会的認知度の向上を反映しています。この成果により、以前よりだいぶ診断がつくようになってきているのは確かです。

ミトコンドリア病は、遺伝子診断をすることにより、病態が見えてきます。逆に言うと、遺伝子診断をして病態が見えてこないとなかなか治療に結び付きません。既に一部のミトコンドリア病は、遺伝子診断で原因遺伝子が特定できれば、治療可能なものもあります。また、重篤な疾患の場合には、出生前診断を行う場合があります。難しいメカニズムで発症する病気ですが、患者さんとそのご家族には、ぜひ遺伝子や病気を理解していただき、克服に向けて一緒に力を合わせていきたいと思っています。

村山先生は、にこやかで優しさにあふれ、毎日診療に、研究に、目が回るほどお忙しいにも関わらず、ゆっくりわかりやすくご説明頂きました。今後さらに研究が進むことで、ミトコンドリア病の診断や治療がより改善されていくと期待されます。(QLife編集部)

【村山圭先生プロフィール】

千葉県こども病院代謝科部長、同遺伝診療センター長。千葉県がんセンター研究所主任医長。医学博士。1997年に秋田大学医学部を卒業後、千葉大学医学部小児科等を経て、2014年より現職。2018年4月に千葉県こども病院遺伝診療センターを立ち上げ、センター長を兼任。日本医療研究開発機構(AMED)の難治疾患実用化研究事業に複数参画し、研究代表者も務めている。

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