今回ご紹介するのは、82歳の現在も現役で仕事を続けている北阪 学(きたさか まなぶ)さんです。
身体を動かすことが大好きな北阪さんは、78歳からは念願だった英語の勉強も始め、2021年に開催予定の東京オリンピックでは、ボランティアとして外国人の方々の案内役を務める予定という活動的な男性です。しかし、その日を目指して英会話の勉強に打ち込んでいた2019年の6月に変形性膝関節症を発症し、歩くことも難しくなりました。
「まだまだやりたいことがある」と話す北阪さんに、再生医療を受けるまでの経緯を伺いました。

北阪 学さん(82歳・男性)※年齢は取材当時

茨城県でリサイクル業・産業廃棄物処理業を営む。
81歳の夏に突然左ひざに痛みを感じ、再生医療を行っている医療機関を受診。培養幹細胞療法を受ける。2021年の東京オリンピックでは、ボランティアとして外国人ガイドを務める予定。

夢に向かって勉強していた時、突然の発症

78歳から英語の勉強を始められたとのことですが、そのきっかけを教えてください。

北阪さん:いつか英語を勉強したいという思いはずっとありました。というのは、高校を卒業して旅行会社に就職し、海外に行く機会もあったのですが、いつも通訳さんに頼ってばかりという情けない経験をしてきたからです。それから「自分の力で外国の方とコミュニケーションをとりたい」というのが私の人生の目標になっていきました。 ただ、42歳の時に会社を辞めて自営の道に入ってからは仕事ばかりで、英語の勉強をする余裕などありませんでした。ようやく事業を若い人に任せることができ、家の近くの英語学校に通い始めたのが4年前、78歳のときです。

そして、東京オリンピックのボランティアにも応募されたのですね。

北阪さん:日本に来ていただいた外国人の方に少しでも喜んで欲しい、という気持ちで応募しました。まだまだ拙い英語ですので、なんとか間に合うようにと英語の勉強を頑張っていた2019年の6月にいきなり左ひざが痛くなり、歩くこともままならなくなってしまいました。これでは英語力以前に、人様をご案内することもできないと非常にショックでした。

可能性を探した先にたどり着いた、再生医療という選択

その後、再生医療を受けられるまでの経緯を教えてください。

北阪さん:近くの整形外科を受診してレントゲンを撮ってもらい、「変形性膝関節症」との診断を受けました。飲み薬や貼り薬、電気治療などの治療を続けたものの効果が実感できず、病院を7軒ほど訪ねましたが、お医者さんのお話も治療もどこも同じでした。やがて、よくなるどころかだんだんと痛みが増していき、2週間後には数十メートルを歩くことさえ苦痛になってしまいました。

当時81歳という年齢を考えれば、これも当然なのかもしれません。けれども、自分にはまだまだやりたいことがいっぱいあります。このままでは、目標であり夢だったオリンピックのボランティアもできない。ほかに方法はないのだろうか、何とかしたいという思いが湧いてきました。
そこで慣れないインターネットを使って調べたところ、再生医療による治療を行う医療機関があるのを知りました。再生医療のことは全く知りませんでしたが、少しでも可能性があるなら1日でも早くと思い、すぐに予約して受診しました。

受診したときの印象はいかがでしたか?

北阪さん:初めてMRI検査を受け、「左ひざ内側の半月板と軟骨の損傷」を指摘されました。それから1時間ほど、個室で再生医療の説明を受けました。でも、その時はまだ半信半疑で、予想以上に高額だったこともあって、だまされているのかなという気持ちも正直ありました。
帰宅して家族に相談したら、妻が「一緒に話を聴く」と言ってくれ、医療機関に電話したところ、快く承諾してくださいました。そして今度は妻と2人で説明を聞きました。

再生医療について理解はできましたか?また、どのような質問をされましたか?

北阪さん:実は、再生医療とはどのようなものか、医療機関で説明を聞くまでは何も知らなかったのです。最初の説明の時には、よくわからなかったのが正直な感想です。妻と2人で聞きに行った時も丁寧に説明いただいたので、治療の内容を理解することができました。また、治療後の副作用についても心配でしたので質問しました。お話を聞いて検討し、最終的には妻の「いいんじゃない」という一言に背中を押され、治療を受けることに決めました。

クヨクヨした人生は送りたくない

現在は、ひざの調子も順調とのこと。ボランティアの夢も叶いそうですね。

北阪さん:はい。語学の勉強は奥が深く、年齢的にも一歩も引けないので、現在はオンライン英会話で週に4~5回レッスンを受けています。英会話のレッスンに前向きに取り組めるようになったのも、ひざの悩みから解放されたからだと思います。
今後もひざの痛みが出るのではないかという爆弾を抱えていますが、その時はまた、医療機関に相談すればいいという「心配の逃げ道」がありますからね。クヨクヨした人生は送りたくない。あと数年は、会社の営業、ゴルフ、語学に打ち込んでいきたいと思います。