[クリニックインタビュー] 2009/01/23[金]

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大学病院が医療の最先端とは限りません。患者のこと、地域のことを第一に考えながら、独自の工夫で医療の最前線に取り組んでいる開業医もたくさんいます。そんなお医者さん達の、診療現場、開業秘話、人生観、休日の過ごし方、夢などを、教えてもらいました。

第5回
東銀座クリニック
大江康雄院長

目では見えない傷を診る

drooe01 私たち精神科医が扱う傷は、目には見えない領域にあります。外科医のように、傷を診て「これは全治3 週間ですね」「完治しましたね」といった診断が難しいのが精神科医の扱う病気の特徴です。
 だからこそ、患者さんから「すっかり元気になりました」とニコニコご報告をいただけたりすると、とても嬉しいですしほっとします。うつのせいで「死にたい、死ななくちゃ」と繰り返しおっしゃっていたのが、薬が効き「まったくそんな気持ちはなくなって、復職できました」と言って頂けると、ほんとうに安心します。元気そうな表情や言葉を聞いてようやく、治ったんだなあという実感が湧くんです。
 そんな「見えない傷」を診ていく立場なだけに、苦悩している方の前では揺るぎない存在でいなければなりません。医師が患者さんに対して親身に接するのは当たり前のことですが、治療に際しては安定した距離感を正しく保ち続けることが必要です。
 受診された方ご自身の回復ばかりでなく、その方を取り巻く環境や、発症のきっかけとなったものごとなどがトータルによい方向へ向かうよう、またどっしりと構えていられるよう、精神科医としてはいつも心を砕いています。

うつ患者を社会へ導く「リワーク」を広めたい

 なにかとストレスの多い社会であることに加え、近年では精神科にかかることそのものの敷居が低くなり、うつで受診される方が増えてきました。昔だったら我慢していたであろうケースもあるので、統計上のうつ患者の純増とは言い切れませんが、それでもうつで精神科に見える方が増えているという実感はあります。
 加えて、当クリニックは銀座という立地です。働く人のうつを診る機会がやはり多いだけに、仕事がこれまで通りにできなくなってしまった方の回復から復職にかけて行う支援を、もっと充実する必要を痛感しています。
 「リワーク」という言葉をご存知でしょうか。これは復職を指しますが、最近では復職支援の総合施設として、リワークを目的とするリハビリ施設が徐々に増えてきています。
 リワーク施設には医師やカウンセラーがいるだけでなく、デスクやパソコンといった模擬の仕事環境があります。うつの方が職場の代わりにここへ通い、日々のプログラムをこなしてまた家に帰っていく。そうした日常の動作を含むリハビリを通じ、徐々に元の力を取り戻していく助けをするのがリワーク施設の試みです。
 うつのような精神疾患は、いくつかの複合的な原因から発症します。精神科医が投薬治療するだけでは治らないケースも当然あるわけで、そうしたケースでリワーク支援は非常に有効なリハビリです。将来的には私もこうした施設の開設に携わり、働く人の復職支援に取り組んでいきたいと願っています。

必要なのは、職種を越えた連携

 最近は、高齢者のご家族から相談を受けることも増えました。高齢者の場合、たとえば「物忘れがひどい」という症状があったとしても、それが認知症の兆候なのか、うつから来る症状なのか、脳のMRI 画像がなければ一概に判断できません。
 当院では脳のMRI 撮影を、画像診断専門クリニックにお願いしています。撮影後は細かな所見を書き込んだうえで迅速に送り返してくれるので、とても助かっています。精神疾患かどうかの判別の段階では、こうした分野を越えた連携がクリニックには求められます。
 また、子どもの不登校や不調を心配して見える親御さんもいらっしゃいます。それがうつによる場合ももちろんありますが、人間関係や学業不振の悩みなど、問題の原因は様々です。
 そのため、薬を出して治るケースばかりでもありません。早期発見・早期治療のため、やはり臨床心理士や小児科医と、連携を強めていきたいところです。
 いずれにしても、こうした専門家同士の連携というのは受診されてからの話です。身近な人にうつなどの疑いがある方は、まずためらわずに相談に訪れてほしいですね。ご本人が来院しないとダメ、ということもありません。嫌がる人を連れて来るのも大変ですから、時間が経って悪化する前に、連れて来る方法も含めて今後の方策などを一緒に考えていければと思います。

三人の師から学んだ、精神科医の真髄

 私の診療姿勢は、大学時代に師事した三人の教授から学びました。どの教授も違うタイプでしたが、精神科医として通底するものがあり、なるべくして精神科医になった人たちだと思わせる人徳や魅力がありました。優しいけれどもいい加減なのではない。また、学問に対しては厳しいけれども、人に対して怖い人なのではない。そうしたメリハリの大切さというのは、師から教わった基本です。
 彼らの「厳しく優しく、きちんと診療をしなさい」というメッセージは、今も日々の診療に生きています。
 もともと私は人間が好きで、子どもの頃から「人と接したり話したりしながら、人助けのできる仕事がしたいなあ」と考えていました。高校に進んだ時に「人助けと言えば医者かな」と思うようになって、医学部を目指すことにしたのですが、精神科医になろうとその時に決めたわけでもありませんでした。
 医学部に進学したあたりから脳外科に行くことを考え始め、しかし最終的に自分の興味ある分野が、“心・人間・精神”だということで落ち着いて、精神科へ進みました。
 そんな流れでしたから、患者さんに対して毅然と、かつ優しく接する教授たちを目の当たりにしたとき、精神科医の本質を垣間見たような気がして非常に衝撃を受けたのを覚えています。

こころを診るからこそ、自身のこころを大切にしたい

 ふつうに生活していると「趣味の時間なんてとても持つ時間がない」ということになりがちですが、やりたいことを我慢していると心の健康によくありません。
 私の場合、ふだんは帰ってから寝るまでの時間を楽しむようにしています。ジャズに浸って読書をしたり、ぼーっと過ごしたり。たまに、仕事のあと飲みに行くこともありますよ。月に2~3 回ほど友人と一献傾けるんですが、そういう時間をもつことでリフレッシュできますね。
 ほかにもゴルフやテニスなど身体を動かす趣味がありますが、忙しいので最近は長いことできていません。ストレス発散にもなるので、運動はしたいんですけどね。
 気分転換にもなるので私は旅行も好きです。国内外問わず色々行っていますが、次に時間がとれた時には南の島に行きたいと考えています。ガラパゴス諸島なんか、とても面白そうですよね。
 心と体、両方の健康維持のため、誰でも日常から離れた楽しみを持つことが大切だと思います。

取材・文/戸谷妃湖(とたに ひこ)
広告代理店のコピーライターを経て、現在フリーライターとしてロンドン・北京・東京の三都市を基点に活動。被虐待児童におけるトラウマティック・ストレス学、および漢方による精神疾患アプローチに関する研究をライフワークにしている。

東銀座クリニック

医院ホームページ:http://www.h-ginza.com/
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日比谷線・浅草線「東銀座駅」4番出口を上がったところにあるグリーンのビルの4F。
診察室からは歌舞伎座正面を望むことができる。銀座駅A5出口からも徒歩7分程度。

診療科目

心の健康相談に取り組むクリニックです。職場でのカウンセリングや、中央区・港区に限り往診も行っています。女医による母性/女性カウンセリングは毎週火曜日です。
心療内科・神経科・精神科・内科
*職場の精神保健、思春期・女性の精神保健、ストレスマネジメント、痴呆相談など
※各種保険取扱・生保取扱医療機関
※大まかな予約制ですが、急を要する場合は随時ご来院下さい。

大江康雄(おおえ・やすお)院長略歴
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(専門:精神病理学・神経心理学 共著:『精神医学ハンドブック』『精神治療薬大系』)
1984年 慶應義塾大学医学部卒業/慶應義塾大学医学部精神神経科入局
1985年 財団法人井之頭病院入局
1994年 慶応義塾大学病院精神神経科医長就任
1997年 中央区銀座に「東銀座クリニック」開院
2009年現在、東銀座クリニック院長・埼玉大学教育学部講師・明治大学学生相談室嘱託相談員を兼任

■所属学会
日本高次脳機能障害学会(旧 日本失語症学会)・日本精神神経学会



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