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[医療人] 2010/11/12[金]

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大学病院が医療の最先端とは限りません。患者のこと、地域のことを第一に考えながら、独自の工夫で医療の最前線に取り組んでいる開業医もたくさんいます。そんなお医者さん達の、診療現場、開業秘話、人生観、休日の過ごし方、夢などを、教えてもらいました。

第93回
よしだ内科クリニック
世田谷 膠原病リウマチセンター
吉田智彦院長

患者さんとの出会いが、ターニングポイントに

 曽祖父と父は医者という家庭に生まれましたが、僕自身は特に医者になりたいと思ったことはなく、また父からも「医者になれ」と言われたことはありません。むしろ、高校時代には、将来は建築家になりたいと思っていました。
 大学に入っても勉強を一生懸命したわけではなく、バブル期に少々浮かれた学生生活をエンジョイしていました。国家試験を受けて医師となった後は、友人に勧められるがままにリウマチ内科に入局することになりました。
 難解なリウマチ膠原病の診療、研究に今ひとつ興味を持てないでいた時に、一人の患者さんに出会いました。その方は非常に治療の難しい膠原病を患っておりましたが、研修医の僕を一人前の医者として見てくれて、信頼してくれました。しかし医局に入ってからはそれなりに一生懸命やっているつもりでしたが、いかんせん僕は医師になりたてで患者さんの期待に応えられるほどの知識や経験がありませんでした。そしてあるとき、その方は容態が急激に悪化、呼吸不全となり、人工呼吸器につながれてしまったんです。
 そのとき、僕は死にもの狂いで勉強しました。同時に、容態が刻々と変わっていくその患者さんを「何としても助けたい」という気持ちで治療に当たりました。幸い体力には自信があったので「どんな病状の変化も見逃すものか」と、患者さんの横にへばりついていましたね。病棟で泊まり込む患者さんのご家族とともに生活し、朝から夜中まで臨床に打ち込みました。幸い、患者さんは人工呼吸器が外れ、リハビリをして退院するまでに回復してくれました。
 僕はこの患者さんから、病気の見方や病状を判断する勇気、難解な病気について調べる事、一生懸命やるとついてくる結果、助けてくれる仲間がいることなど、多くのことを教わり成長させてもらいました。そしてこの経験から膠原病をやることへの迷いがなくなり、「誰よりもしっかりとちゃんと患者さんを救いたい」という思いで、全力疾走で大学病院での医師生活を送ることができたんです。一人の患者さんとの出会い、それが僕の医者としてのターニングポイントだと思っています。

軽症でも軽んじない、重症でも悲観しないこと

 リウマチ膠原病とは、発症の明確な原因がいまだ分かっていない病気ですが、「免疫の異常によって起きる病気の総称」と考えてください。そのなかに皆さんがよく知っている関節リウマチから全身性エリテマトーデス、強皮症、皮膚筋炎/多発性筋炎などの難病まで、約十五種類の病気があります。
 関節リウマチの患者さんの80パーセントは女性。一般に「おばあちゃんの病気」と思われがちですが、実は30~50代に発症のピークがあります。このときの女性は、妊娠・出産や更年期でホルモンバランスが大きく変わる時期ですので、リウマチ発症の原因の一つに女性ホルモンの関与が推測されております。そのため女性は普段からホルモンバランスに気をつけること、そしてもし子宮筋腫や子宮内膜症があったら放っておかず、早めに治療することが大切です。
 そのほか、過労、ストレス、インフルエンザなどの感染症、外傷や手術などをきっかけに発症する場合もあります。いずれの場合でも、もし体に何か異変があったら早めにそれを察知して、病院で診てもらうことが早期発見につながります。その際は、ぜひ膠原病の正確な正確な知識を持った医者にかかって頂きたいですね。
 僕は講演会などで、しばしばリウマチ膠原病についてお話する機会があります。そこでも、やはり最初は「リウマチ膠原病の発症の原因はまだ解明されておりません」と話し始めなければなりません。しかしそれでも患者さんには、「リウマチ膠原病のことを知る努力をして下さい」とお伝えしています。
 僕は、リウマチ膠原病の治療は「戦い」だと思っています。戦いは、相手のことを知らなければ勝てないですよね。だから、患者さんにも「病気のことを知ってやろう」という気持ちを持ち続けてほしいんです。
 普段の診療でも、「患者さんが、自分自身の病気を知る」ことに重点を置いています。当クリニックでは初診の時や治療方法の変更のときなどは特別な診察ブースに入って頂くことになります。そこで、初診時であれば自分が診断された「リウマチ膠原病とはどんな病気か」、治療方法の変更の時であれば「治療方法の意味、新しい治療薬の作用と副作用など」について、スタッフとともに理解を深めて頂くのです。当クリニックでは診察時間を長めにとっていますが、それでも一度の診察で医師が患者さんへ伝えられるメッセージは限られてきます。そこで、僕が不足した言葉をスタッフに補ってもらったり、患者さんが言いそびれたことをスタッフにピックアップしてもらいます。
 このようにして患者さんがしっかりとした正確な知識を得ていくと、十人十色の症状を持つリウマチ膠原病において自分の病気の病期、活動性、治療方法などをしっかりと理解し治療に立ち向かえます。「軽症でも軽んじない、重症でも悲観しない」ことが大事。病気のなかで自分の位置を明確につかむことが、心と体の回復へとつながるんです。

リウマチ膠原病治療の遅れを取り戻したい

 日本におけるリウマチ膠原病の治療技術は、「欧米に遅れること三年」と言われています。だけど僕は、その遅れを取り戻したい。常に最先端の治療を行い、海外の医療施設にも、また日本の大学病院にも絶対に負けたくないんです。その思いから「この施設で出来ない治療はない!」というスタンスで、スタッフ一丸となって治療にあたっています。
 漢方外来、整形外科、義肢装具、補完代替医療の外来を置いているのも、患者さんを全方位で治療していきたいから。人の体、特に免疫機能は極めて複雑です。西洋医学という「西からの光」だけでなく、「東からの光」、東洋医学の力を借りれば、もっと広い範囲で患者さんを救えるはずです。僕自身は西洋医学の世界で学んできましたが、常々、「患者さんのお身体の全体を支えられる施設を作りたい」と思っていました。いざ開業するときには、漢方、補完代替医療の素晴らしい先生方の協力を得ることができ、本当に有難かったですね。
 残念ながら日本の医療体制では、リウマチで診察を受けても、「腰が痛い」と訴えれば「整形外科に行って下さい」と言われてしまいます。大学病院では、リウマチ科で何時間も待たされ、整形外科でまた何時間も待たされる。しかも、半日近く待っても三分しか診療してもらえない。その三分で患者さんが医者に伝えられることは、ごくわずか。忙しい外来では、患者さん遠慮してしまったり、待ちくたびれて話す気力をなくしてしまうこともあります。
 その結果、患者さんの行動はどうなるか。大学病院では西洋医学の薬をもらい、帰る道すがら漢方薬局によって薬剤師さんに相談し、行きつけの鍼灸院やマッサージに行く。また、そのストレスを解消するためにエステなどでリラクゼーションを求める。しかしこれら出来事は、カルテにはまったく載らない、主治医の知り得ない情報です。

 こうした問題を解消するため、当クリニックでは補完代替医療を担う、鍼灸部門、骨格調整をするオステオパシー部門、リンパドレナージの部門を設けています。リウマチで診察を受けた結果「骨格にトラブルがある」ことがわかれば整形外科に、漢方薬の適応があると判断されれば、漢方内科に瞬時にコンサルトがなされます。さらに補完代替医療の施術者ともカルテ上で医療情報を共有して、全スタッフ一丸で患者さんに治療にあたっていきます。このシステムにより、すべてとは言えないけれど、患者さんのお話を正確に聞き取ることができ、また患者さんのお身体全体を支えることができると考えています。
 僕らが実践するのは、「最先端で妥協のない、オーダーメイドの治療」。そして僕らのモットーは「患者さんの人生のすべてを受け止める治療」とでも言いますか。
 関東を中心に北は青森、西は山口など日本全国から患者さんがいらっしゃいますが、皆さん、当クリニックの専門性や、積極な治療姿勢を評価して下さっている。だからこそ、僕らもその評価に対して誠実に対応するのが務めだと思っているんです。

治療に必要なのは、「本当のバリアフリー」

 僕が尊敬する人は二人いて、一人は父親です。決して父の影響で医者になったわけではないのですが、最近歳をとって父と話す機会が増え、改めて多くのことを学ぶようになりました。
 父はいくつかの医療機関の責任者として働き続けました。六十を過ぎて退職し、これで父も隠居かと思っていた矢先、「町医者となって患者さんを診る」と言って診療所を作ってしまったんです。そして今、いくつかの大病をしながらも朝から晩まで診療し、往診、健診に行く毎日。「なぜこんなに働くんだろう」というほど働いています。聞けば現役時代、いくつかの医療機関の長となっていたときに、直接患者さんと関わる機会が少なくなっていったことが心残りのようで。「死ぬまで医師免許を使って医者で有り続ける」と言う。脱帽です。
 もう一人は、大学のときに指導して下さった山田秀裕(やまだひでひろ)先生です。最初に受け持った膠原病の患者さんが急変したとき、土日、夜中問わず相談にのって下さり、また僕を上手におだててモチベーションを上げて下さいました(笑)。先生の応援がなかったら、その患者さんが完治することはなかった。膠原病という病気の見方、関わり方、治療法など、多くのことを教わりました。
 僕は、人に恵まれていました。これまで、無駄な出会いはひとつもなかったと思います。それは今も同じですね。小さいクリニックではありますが、リウマチ膠原病治療、漢方内科の医師や、補完代替医療、看護師、受付のスタッフは非常に優秀な人材ばかり。そんなメンバーで働ける幸せを、心から感じています。僕は形だけのバリアフリーが嫌なので、当クリニックの医者や看護師、受付には、「気持ちの上でもバリアフリー」をお願いしています。そうしないと、患者さんと医者、スタッフのあいだにバリアができてしまい、患者さんが言いたいことを言えなくなってしまうから。
 また、医師と看護師、受付のあいだでも、バリアフリーがとても大事。治療方法は医師、看護師のチームで意見の交換をして決めていくことが多くあります。看護師や受付もバンバン意見を言ってくれる。耳が痛いこともありますが(笑)、そのほうが楽しく、かつアグレッシブに仕事ができるんです。

リウマチ膠原病治療に尽くす、それが使命

 今、僕は一週間のうち三日を東京、残りを長野で過ごしています。長野では、父の医院の手伝いです。長野では、特にリウマチ診療の看板は出していませんが、口伝で来てくださる患者さんも多いですね。
 東京と長野の行き来は大変だけど、15年も通っているので、もう慣れたかな。合間をみつけて、スキーをやることもあります。子供の頃からスキーをやっていたので「せっかく長野に来ているんだから、やろうかな」と思ってね。ゴルフも好きなんですが、年に数回しか行けないのがちょっと残念。
 今は、自分の時間がないことは、割と諦めていますね。昔、僕は建築をやりたいと思っていました。学生時代には広告代理店もどきのようなこともしてきました。でも今、僕が社会に貢献できる手段はリウマチ膠原病しかありません。だから生きているあいだは精一杯、リウマチ膠原病治療に時間を使おうと思っているんです。自分の「医者寿命」があるうちは、できるだけ患者さんへの貢献、社会への貢献ができればと思いますね。

取材・文/瀬尾ゆかり(せお・ゆかり)
フリーライター・編集者。編集プロダクション勤務を経て独立。医学雑誌や書籍、サイトの編集・記事執筆を多数手掛ける。ほかに著名人・文化人へのインタビューや、映画・音楽・歴史に関する記事執筆など、ライターとして幅広く活動している。

よしだ内科クリニック 世田谷 膠原病リウマチセンター

医院ホームページ:http://www.setagayariumachi.com/

小田急線経堂駅より徒歩2分。静かな住宅地のなかにあるクリニックは、サロンのようなたたずまい。明るいスタッフのいる医院の隣には、鍼灸や整体を行う施設がある。
詳しい道案内は、医院ホームページから。

診療科目

内科、リウマチ、膠原病、アレルギー

吉田智彦(よしだ・ともひこ)センター長略歴
吉田智彦センター長
1993年 聖マリアンナ医科大学卒、聖マリアンナ医科大学病院内科入局
2000年 聖マリアンナ医科大学大学院卒、日産厚生会玉川病院内科
2002年 聖マリアンナ医科大学病院リウマチ膠原病アレルギー内科医長
2005年 聖マリアンナ医科大学病院リウマチ膠原病アレルギー内科講師、児玉経堂病院リウマチアレルギー内科
2006年 「世田谷リウマチ膠原病センター よしだ内科クリニック」開業
現在、「医療法人社団 東信会 理事長」、「世田谷リウマチ膠原病センター よしだ内科クリニック センター長」、「長野 よしだ内科クリニック 副院長」


■資格・所属学会他
日本内科学会 認定内科医、日本内科学会 認定内科専門医、日本リウマチ学会 リウマチ専門医、日本リウマチ学会 リウマチ指導医、日本リウマチ財団 リウマチ登録医、日本医師会 認定産業医、身体障害者申請医(肢体不自由)など


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