第139回 依存症などの行動障害を科学的にとらえ 医療の力で人生をサポート
[クリニックインタビュー] 2012/09/14[金]
大学病院が医療の最先端とは限りません。患者のこと、地域のことを第一に考えながら、独自の工夫で医療の最前線に取り組んでいる開業医もたくさんいます。そんなお医者さん達の、診療現場、開業秘話、人生観、休日の過ごし方、夢などを、教えてもらいました。
第139回
医療法人社団利田会 周愛巣鴨クリニック
吉川和男院長
ドストエフスキーの影響で精神医学に興味を持つ

静かでプライバシーがしっかり確保された診察室。患者さんは机をはさんで先生の向かいに座ります
医師になろうと考えたのは、高校生のとき。ドストエフスキーの本が好きで、実存主義哲学に興味を持ったのが始まりでした。人間観察の面白さを知り、実存主義哲学を学ぶうちにカール・ヤスパースというドイツの哲学者でもある精神医学者を知り、精神医学に魅力を感じて医師になりたいと考えました。
医学部時代には脳外科にも興味を持ちました。脳は精神医学とのつながりも深い分野ですし、開頭手術で脳の構造などを間近で目にする大胆さにも惹かれ、脳外科と精神科で進む道を迷った時期もありました。でも、初志貫徹で結局、精神科の医師となったのです。
専門は司法精神学で、犯罪行為と精神疾患のつながり、つまり、罪を犯してしまった人が精神疾患を罹患している場合、その精神疾患が犯罪行為にどのような影響を及ぼしているのかなどを研究してきました。前の職場(国立精神・神経医療研究センター)ではそのような精神鑑定と研究に多くの時間を費やし、その傍らで患者さんをみるという感じでした。しかし、もっと患者さんひとりひとりと向き合い、自分の思いのままに治療をしたいという気持ちが強くなり、2年前にこのクリニックの院長になりました。
偏見を持たずひとりひとりの患者さんと向き合う

女性の患者さんもリラックスして過ごせる待合室。
奥が診察室
クリニックでは、主にアルコールや薬物、ギャンブルなどの依存症を抱えた方々に対して、専門的な治療をおこなっています。依存症は、精神障害の中でも、行動の異常(行動障害)が最も問題となる病気です。精神障害というと、「心の病」であることに注目されがちですが、周囲や本人を困らせるのは、それによって引き起こされる行動なのです。クリニックでは、依存症が、どのような原因で起こっているのかを分析し、生活習慣の改善や精神療法、作業療法などを取り入れた治療プログラム(デイナイトケア)を実施しています。治療に訪れる患者さんは圧倒的に男性が多く、現在では毎日50人くらいの方が朝から夕方まで治療を受けに来ています。
それ以外の行動障害では、例えば狭い空間にいられないとか、電車に乗れないなどの不安障害やパニック障害を抱えた方々が多く来院されます。その場合は圧倒的に女性の方が多い傾向にあります。このため、当院のフロアを依存症の方々のためのデイナイトケアのフロアとそれ以外の疾患の方々のための外来フロアとに分け、外来フロアは女性の患者さんにもリラックスして過ごしていただけるよう、やさしい雰囲気の内装にしてあります。
依存症などの行動障害の治療は、日本の医療は諸外国と比べてずいぶん遅れていると感じています。世間一般にはどうしてもこのような問題を抱えた人たちを社会から排除しようとする向きもあり、医療の現場でも積極的にこのような患者さんたちを受け入れようとはしない現実があります。しかし、依存症はきちんと原因を分析し、治療や訓練を施せば、回復させることができる疾患です。脳科学の分野はどんどん発達していますので、そのような知識や情報をフルに活用し、問題行動の原因を科学的に理解すれば、行動療法や薬物療法でこのような行動をコントロールできることは少なくなく、医療が介入する余地はまだまだたくさんあると思っています。
そのためにもまずは、患者さんを差別しない、患者さんに偏見をもたないということが重要だとわたしは考えています。反社会的な行動をとってしまう人たちも、治療を必要としていることが少なくないのです。ですから、「排除せず患者さんとして受け入れる」を私の、そしてクリニックの第一信条としています。
総合的・科学的判断で患者さんが「気づく」きっかけを

ゆったりしたソファが心地よい待合室。ホームページの画像を見て「安心できそう」と来院する女性患者さんも多いとのこと
そうは言っても、現実には大変なこともたくさんあります。治療のなかで、ときに厳しい態度で患者さんに臨まなければならない場合もありますが、それが受け入れられず反発されたり、威嚇されたりすることもあります。また、患者さん同士のトラブルなど、治療のなかでも予測できたはずのトラブルを防げなかったり、医療の力で患者さんをサポートしようとしてきたにも関わらず、その心や行動をコントロールできなかったりしたときなどは、無力感にとらわれてしまいます。
一方で、最初はとても深刻な状態だった患者さんが、ようやく自分の問題に気づいて変わろうと努力し、実際に変わってお酒や粗暴な行動などをあらためて、少しずつ社会復帰に向けて踏み出そうとする、そんな患者さんの前向きな姿を目にすることができたときは、本当にうれしいですね。よくなるためには、まずは患者さん自身が「気づく」ことが大切なのです。依存症の患者さんにはそもそも自覚がない人も多いですし、「どうせ自分なんて」とすべてをあきらめてしまっている人も多いので、気づくこと、変わろうと思うこと、そういう意識を持ってもらうことが治療の第一歩だと考えています。
そのために、患者さんの問題行動の原因を、冷静かつ科学的に分析することを心がけています。診断には心理検査のほか、脳波検査やMRIなどの画像診断も利用します。脳波や画像診断は連携している病院に外注していますが、心理検査はクリニックでおこないます。また、必要に応じて、患者さんの職場や生活している場所の関係者、自治体や福祉担当者などから話を聞いて、診察室以外での患者さんの情報をきちんと集め、正確な情報を元に総合的に判断するよう心がけています。それによって患者さん自身が気づき、変わるきっかけを提供することにつながればいいと思いますね。
ストレスをため込まないよう、時には仕事を忘れる

本音を言うと、この仕事にはとてもエネルギーが必要だと感じています。ですから、長く続けるためには、何より自分自身がストレスをためないことが第一。以前の職場にいるときは、仕事が趣味どころか、生活のすべてになっていて、家にも仕事を持ちこむのが常でした。報告書や研究の論文など、とても職場だけではこなしきれなかったのです。でも、それでは体がもたないと思い、今はあえて、仕事と家庭は完全に切り離すことに。休みの日は仕事のことをキッパリ忘れ、なるべくリラックスするようにしています。
唯一にして最大の趣味はF1観戦。学生時代にはよく鈴鹿まで行って観戦しました。キャンプをしていたら偶然、アイルトン・セナと会い、何気ない会話をしているうちに意気投合し、一緒にお酒を飲んだりしたこともあるんですよ!楽しかったですね。医師になってからはずっと行けなかったのですが、最近はまた、息子と一緒に行くようになりました。今はそんなふうに、休日に家族と好きなことをして過ごすことがいちばんのリフレッシュになっています。
今後のことは……、あまり大風呂敷は広げないつもりでいます。私は今49歳。がんばっても働けるのはあと20年でしょうか。20年なんて、あっという間ですよね。残念ながら、日本の司法精神医療はまだまだ発展途上で、思うようにいかないことも多くあります。そのなかで自分ができることは本当に限られている。けれども、治療を必要とする患者さんがいる限り、これからも精神科の医師としてできることをしていきたいと思っています。
フリーライター。主に医療・健康、妊娠・出産、育児・教育関連の雑誌、書籍、ウェブサイト等において取材、記事作成をおこなっている。ほかに、住宅・リフォーム、ビジネス関連の取材・執筆も。
医療法人社団利田会 周愛巣鴨クリニック
医院ホームページ:http://www.shuai-sugamo.jp/index.html

JR巣鴨駅南口から徒歩2分。建物の内階段をのぼった2階に受付があります。
やさしい色遣いのインテリアで安心できる雰囲気のクリニックです。詳しくは、医院ホームページから。
診療科目
精神科、心療内科
吉川和男(よしかわ・かずお)院長略歴

1996年 東京医科歯科大学大学院医学系研究科神経精神医学専攻博士課程修了
2000年 英国ロンドン大学大学院ディプローマ(司法精神医学)修了
2001年 埼玉県立精神保健総合センター精神科医長
2002年 国立精神・神経センター武蔵病院精神科医長
2003年 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所司法精神医学研究部長
2010年 医療法人社団利田会周愛巣鴨クリニック院長
■所属・資格他
医学博士、精神保健指定医、日本精神神経学会精神科専門医
- この記事を読んだ人は他にこんな記事も読んでいます。
掲載されている記事や写真などの無断転載を禁じます。