第17回 お年寄りの笑顔に癒されて
[クリニックインタビュー] 2009/04/24[金]
大学病院が医療の最先端とは限りません。患者のこと、地域のことを第一に考えながら、独自の工夫で医療の最前線に取り組んでいる開業医もたくさんいます。そんなお医者さん達の、診療現場、開業秘話、人生観、休日の過ごし方、夢などを、教えてもらいました。
第17回
樹のはなクリニック
奈良岡美恵子院長
お年寄りの笑顔に癒されて
私は“親戚の大人たちがほとんど医者”という環境に育ちましたが、自分自身はまったく医者になりたいという気持ちはなく、高校生の時に「英文学の方に行きたいから、医学部は受けない」と父親に言ったんです。でも、父が烈火のごとく怒りまして、「医学部に行かないならうちを出て行け」と。
私も、別になにがなんでも英文学をやりたかったというわけではなく、「英語を身につけて将来的には秘書かなにかになったらいいかな」と考えているくらいでしたので、父の意見を受け入れるかたちで、一年浪人した後医学部へ進みました。
父は卒業までは支援してくれましたが、「卒業後は援助はしない」ということで結局放り出されました。本来なら医学を深く学ぶため大学に残るのが最善でしたが、働かなければ生活できない状況になり、お給料を頂けてかつ実践的な研修環境を探しました。そして、外科から小児科まで幅広い初期診療研修を実施していた小豆沢病院に入局し、2年間研修を受けながら治療の現場を学びました。その後は20年近くいたでしょうか、大学病院での研修と異なり、あらゆる疾患を担当させてもらえましたので、度胸と知識が今に役立っています。
最初は外科医として腕を磨いていきたいと考えていましたが、結婚して、子どもが生まれて、家庭を運営していかねばならない状況下で、当直や呼び出しでの手術を担当するのは厳しいなという考えに至り、内科へ転向しました。以前受けた精神科セミナーで、九州で活躍されているドクターが「医者は、患者さんからの照り返しを受ける」と仰っていたのを聞きました。
まさにその通りだと思います。医者が患者さんを診るように、患者さんも医者を見ているものです。診察現場は第一印象でその後のすべてが決まってしまう要素も強く、「いい感じの方だな」「気難しい感じの患者さんだな」など、考えているのは医師の方だけではありません。患者さんも「やさしそうな医者だな」「信頼できなさそうな人だな」と、なにかしら印象を抱いています。互いの第一印象から人間関係が構築されていき、それが治療の成功を左右していくため、つねに相手に与える印象は重要だと感じています。
気持ちをラクに診察や治療を受けていただけるよう、いい雰囲気の医師でありたいですね。
我が子にも素敵な仕事に就いてほしい
医者は患者さんから「ありがとう」をもらえる仕事。感謝の気持ちをいつもいただいて、幸せにしてもらえる素敵な仕事。
ここ数年は、そう率直に感じられるようになりました。以前は強制的に医者にさせられたという気持ちもありましたし、大学を出た当時は究めたい診療科目の理想もありませんでした。でも、日々診療をしている中で気づいたのが「自分はこの仕事に合っている」ということ。患者さんと向き合い、多くのことを教わる中で、結果的にはとてもいい選択だったな、とようやく受け入れることができるようになったんです。
ただ、医者が無条件にいいことばかりの仕事とは考えていません。ですから一人息子には、自分と同じ仕事に就いてもらいたい気持ちもありますが、職種は強制しないようにと思っています。私も夫も医者なので、息子は周囲から「将来はお医者さん?」を訊かれる機会も少なからずある中で育ってきましたが、とにかく小さな頃から「ぼくは医者にはならない、自分で将来を決める!」と豪語してましたし、自由にさせています。保育園の頃から言ってましたね、そういう台詞は(笑)。いまは大きくなりまして、カリフォルニアに留学し、心理学に関心があるようです。自主性は重んじたいですから、会えないことが寂しいけれどそこは我慢。近くにいていつも会っていたいですが、それ以上に本人の選んだ道を尊重したいというのが私の希望です。
“おとしよりカフェ”構想

うとうとしてしまいそうな、陽光溢れる待合室
特に注力しているのが、『物忘れ外来』と『禁煙外来』です。
物忘れ外来では、認知症の治療やその予防を中心に取り組んでいます。ご長寿の患者さんに毎日お会いすることができ、いつもみなさんの笑顔に癒されています。
将来は活動の一環として、各々の個性や趣味を重んじたディサービスをやりたいと思っています。 “おとしよりカフェ”をつくって、気軽にお茶呑みできるような環境をつくりたいですね。
また、デイサービスを使ったことがない一人暮らしのお年寄りは、毎日偏った買い物をしつづけてしまうため、食事の栄養バランスに偏りも生じがち。家庭料理を摂れるようなカフェがあったら、一人暮らしのお年寄りも生活が楽になりますし、既製品以外のものを食べられます。お年寄りが一人暮らしでも寂しくなく、安価に家庭料理を楽しめる。そんな環境の創出を今後のテーマにしていきたいです。
禁煙外来は、息子が中学生の頃に入っていた部活で、顧問の先生がスモーカーだったことがきっかけで始めました。息子たちが「学校でタバコを吸わないで下さい、体にも悪いのですから」と注意したところ、逆ギレしてとんでもなく叱られたのがきっかけです。担任でもあったその先生への不信感から不登校になっていきました。「大人がタバコを吸わない世界をこれからつくっていかなくてはならない」と強く感じたのがもともとの動機です。
いまでは広く知られていることですが、タバコがやめられない方はニコチン依存症です。それは薬物依存症と同じこと。脱却するには適切な治療と同時に前向きな考えが必要です。当院に見える患者さんも、ご自身の意志で禁煙にトライする方の成功率は非常に高いですが、「家族にうるさく言われて仕方なく来た」というモチベーションの低い患者さんですと、禁煙の途中で断念されるケースが少なくありません。タバコは薬物という事を大人にわかって欲しいです、そして煙のない世界を願います。
高齢者の笑顔に学ぶこと
在宅支援診療所の当院は、休診日を利用して有料老人ホームへ往診にいっています。近くの方は、診療日の昼休みに行っています。自分で運転して、老人ホームや一般在宅へ通っています。帰ってきたら電子カルテの整理が待っていてとても忙しいです。
「お休みの日も灯りがついていましたよ、先生はいつ休んでるのかしら」と患者さんに言われますが、仕事は楽しいので苦になりません。父と同じ道、開業医を選んだのは自分の意志ですから。
うちでは犬と猫を飼っているので散歩する機会も多く、休日は多摩川の方まで1時間ほど歩きに出たりすることもありますが、まとめて家事をこなす必要もあるので、休みらしい休みはほとんどありません。朝ごはんをつくって食べて片付けたら、すぐまた昼ごはんの時間ですし、それを片付けてたら夕方でしょう(笑)。なかなか、たまの休みって使い方が難しいですね。
普段から気をつけているのは、精神的な健康管理です。ご高齢の患者さんから学ぶのは、“感謝して生きることの大切さ”。ご高齢の患者さんは、なにに対しても「ありがとね」と仰る方がほんとうに多いのです。気持ちがゆったりしていると、体も健康になるんでしょうね。ほんわかしたお年寄りが見えると、待合室の空気もぱっと明るくなるのがわかります。高齢化でお体が不自由になった患者さんのところへ往診に伺うとみなさんニコニコして「ありがとうございます」と必ずおっしゃるんです。ありがたいと思う気持ちをつねに忘れないこと、それを患者さんから学ぶ日々ですね。
笑顔は相手にもらったら幸せになるもの。自分も笑顔で、いつでも感謝を忘れない、そういう人間でありたいと心から思います。
広告代理店のコピーライターを経て、現在フリーライターとしてロンドン・北京・東京の三都市を基点に活動。被虐待児童におけるトラウマティック・ストレス学、および漢方による精神疾患アプローチに関する研究をライフワークにしている。
樹のはなクリニック
医院ホームページ:http://kinohana-clinic.com/

東急田園都市線・東急世田谷線「三軒茶屋駅」から徒歩3分。詳しい道案内は医院ホームページから。
診療科目
内科、禁煙外来、物忘れ外来、往診、産業医
*風邪や生活習慣病(高血圧症、糖尿病、高脂血症、肥満)、痛風、頭痛、アレルギー、喘息、花粉症、月経困難症、月経前緊張症、 膀胱炎、不眠やその陰に隠れている抑うつ・不安・ストレスを感じている方、認知症、また介護しているご家族の悩みや相談など。
*「この症状では何の科に行ったらよいのだろうか」と迷われる場合も、ご相談にのりたいと思います。
奈良岡美恵子院長略歴

初期研修で内科・外科・産婦人科・小児科修了後、麻酔科研修を経て麻酔科標榜医取得
青森・東京の病院勤務を経て都内診療所勤務:家族問題・精神疾患研修
診療所退職後、在宅医療に従事
2007年2月・世田谷区太子堂に「樹のはなクリニック」開業
■所属学会ほか
日本禁煙学会、日本認知症ケア学会、BPSDチームケア研究会、在宅認知症ケア連絡会
麻酔科標榜医、日本禁煙学会専門医、日本医師会認定、産業医
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