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[クリニックインタビュー] 2016/10/21[金]

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患者のこと、地域のことを第一に考えながら、独自の工夫で医療の最前線に取り組んでいる開業医のお医者さん。そんなお医者さん達の、診療現場、開業秘話、人生観、休日の過ごし方、夢などを、教えてもらいました。

あいち熊木クリニック 熊木徹夫院長

運命的な本との出会いに促されて精神医療の道に

 幼少の頃から漠然と、臨床というものに興味を持っていました。ただ精神科医になるという具体的なイメージまでは定まらないまま、高校生活を過ごしていました。しかし高校3年のとき、精神科医を目指す大きな引き金(トリガー)になったエピソードがありました。

 京都の高校に通っていた3年生の夏休みで、とても暑い盛りでした。在籍していた演劇部も引退し、なんだか勉強にも身が入らずフラフラしていた時、当時よく通っていた四条烏丸町の駸々堂書店という大きな本屋に行ったときのことです。なんとはなしに店内を歩いていると、ふと目に留まった本がありました。それが「精神科治療の覚書」でした。著者は中井久夫先生といって、後で知りましたが非常に高名な先生です※。吸い寄せられるようにその本を手に取って立ち読みし始めました。とても難しい本で、当時その内容を理解できていたとは思えないのですが、ともかく3~4時間夢中になって立ち読みしていました。

 足は棒になるし目はチカチカ。本屋に入った時は昼だったのに、出た時には夜になっていました。

 その時に、精神科の世界には自分が果たしたい何かがあるんじゃないか、と強く感じたのです。当時、精神科に行ったこともなければ、身近に精神科の患者さんもいませんでしたが、以前から統合失調症という病気について、深く関心を持っていました。そんなところに、統合失調症を本当に懸命に治していらっしゃる先生がいることに触れ、中井先生の言われることにつき従ってみようと思ったのです。後にも先にも、そこまで吸い寄せられるように長く立ち読みした本はありません。

※中井久夫(なかい・ひさお)神戸大学名誉教授、精神科医。文化功労者。統合失調症の治療法の研究では、独自の「風景構成法」を考案、またサリヴァンや海外の精神科医の理論を多く紹介、臨床に取りいれるなど、日本の精神疾患治療における基礎理論の構築に大きく貢献した。

揺り籠から荒波へ

 名古屋市立大学病院に勤務してからは、土日もなく、とにかく病棟に通い詰めていました。少数の患者さんだけを存分に診ることのできる環境を与えていただけたので、当時の先生方には感謝しています。若手には、少ない症例で、自分でああでもないこうでもないと試行錯誤する時間を与えよう、という方針だったようです。徹底的に患者さんと関わって、患者さんから直に教えてもらうということが連続した2年間でした。

 その後、豊橋市民病院に精神科医として赴任しました。そこはもう目が回るような忙しさでした。容赦なく患者さんは来る。それは、こちらが経験不足であろうがなかろうが、全然関係がありませんでした。医師になって始めの2年間はゆりかごに揺られていたのが、突然社会にポンと放り出された感じでした。

薬の選択肢を絞られることで、かえって軸を作ることができた

 このような状況打開の一助とするため、私は漢方薬を使うようになっていきました。しかし、豊橋市民病院は薬の種類を絞ることでコストダウンする方法を徹底しており、25剤までしか漢方薬を使えないという制約がありました。

 当時は私の他に漢方薬を使っていた先生が幸か不幸かあまりおらず、25剤はほとんど私がコントロールできました。ただ、最初に使っていた薬の中で、ほとんど使用頻度のない薬が半分くらいあり、それらを頻繁に使う薬に変更する手続きがとても大変でした。半年に一度の薬事委員会に全く使用されていない薬を2つだけかけて、別の有用な薬に取り替えるのです。まずはその薬を誰も使っていないことを確認し、薬事委員会に提出します。そしてこちらの薬はこういう理由で必要だから交換してくれという長い訴状を書く。それを繰り返しました。市民病院には丸5年いましたが、5年の間にそれをやり続けて、ようやく25剤がよく使うものに整えられたところで終わりました。

 ただ、25剤しか使わないことで、私の漢方の技術は行き詰っていないのかという焦りは絶えずありましたが、これはあとで考えると、とてもいいトレーニングになっていました。

 例えば加味逍遥散という漢方薬が、ある症状に効果的だ。当帰芍薬散や桃核承気湯もそれと同じような効果があるものの、全く違う効果もある。そのような感じで互いの効能の領域を重ね合わせると、たった25剤でも相当な広さの領域を覆えることが分かってきたのです。最終的にはかなりの精度で、患者さんにいいものを、25剤の中からピタリとはめることができるようになりました。

 現在保険適用されている漢方薬のほぼ全数、130剤が使える環境にいますが、もともとのベースはこの25剤です。私自身は、最初の25剤の派生的なものとして、他の薬剤をとらえているのです。ベースの25剤を徹底的に知り尽くしたこと、これが後々、自らの処方の体系化に非常に大きな意味をもたらしました。

どんなに微細な前進でも継続し、治療の成功率をじわじわ上げる

 その後は愛知医科大学付属病院に行って、また違う大変さに直面しました。そこの総合診療内科から、漢方に詳しくオールラウンドに診られる医師を精神科から1人来させてくれという要望があり、私が行くことになりました。内科でどうにもならない難症例を診るブースを立てるから、そこに入ってくれと。つまり、内科の方で検査をしても異常が見つからず、どう対処していいか分からない患者さんを、よろず相談のように受け付けるブースです。

 何が問題なのかを突き止め、だいたい1時間で結論を出すのですが、それがメンタルの問題である場合もあるし、環境の問題である場合もあるし、体の問題である場合もあります。また、それらが渾然と混ざり合い、事態を複雑化させている場合もあります。主たる問題が体だとしたら、それが漢方的に解消できるものかどうか。ときには向精神薬が必要なケースだったりします。私の後に人は控えていないので、何とかここで最終的な答えを出さないといけない、結果を出さないといけないということで、それはとても鍛えられました。

 実は今、痛み治療をかなり行っていて、中でも線維筋痛症という非常に難しい病気を診ています。全国に患者さんが200万人もいると推計されているほどの病気ですが、診断が難しく、実際に医療機関を受診しているのは年間4,000人前後といわれています。全身に激しい痛みが生じる病気で、この診断基準にあてはまらない痛み障害など類似的なものを入れると、莫大な数の原因不明の痛み障害があります。なかなかに治療が難しいケースが多く、さまざまな身体科を転々とし、どこの科でも手に負えなくなって、それから当院に来られるという方もいます。この病気を診ようと思ったのは、おそらく愛知医科大学の「難症例ブース」での体験が基盤になっていると思います。それがなければ、診る自信は持てなかったでしょう。

 いまだにわからない、難しいものはあります。何でもかんでも必ず治してみせますといって、胸を叩けるようなこともありません。それでも治療の成功確率をじわじわ上げていこうという姿勢は持ち続けるつもりです。「なんとかならんか、これは」と歯を食いしばってね。

患者さんに導かれ、寄り添うように進む

 精神科医になるという道筋はずいぶん早くに決めていました。しかし、そう言いながらも、目の前に現れる患者さんに導かれるままに道を取ってきた、その結果として次第に精神科医になっていった、そういう感じです。とにかく、眼前の患者さんから何かを嗅ぎ取り、自分が今できるスキルで最善のことをやるしかない。そういう姿勢で、常に取り組んでいます。

取材・文/服田恵美子(Hatta Emiko)
ライター・翻訳・脚本制作・構成作家。ジャンルを問わず紙媒体からWebまで、文字のあるところなら何処へでも、呼ばれて出向いて活動中。兼業ライター時代に培ったリサーチ力とフットワークの軽さを活かして、取材と執筆を行う。

あいち熊木クリニック

医院ホームページ:http://www.dr-kumaki.net/index.html

名鉄バス「竹の山」停留所下車600mまたは名鉄バス「竹の山南」停留所下車500m。
名古屋市バス「猪高緑地(愛知淑徳大学)」停留所下車600m。地下鉄東山線藤が丘駅・東名高速 名古屋インターチェンジ・東名阪道 本郷インターチェンジのいずれからも、車・タクシーで7分。
自然木に囲まれた待合室には、かぐわしい杉の香りが立ち込めています。高い天井は開放感があり、木肌のぬくもりに包まれる心地よい空間は「精神科クリニック建築は、精神科の唯一最大の治療器具である」という観念を実践しています。詳しい道案内は医院ホームページから。

診療科目

精神科、心療内科、漢方外来

熊木徹夫(くまき・てつお)院長略歴
1995年 名古屋市立大学医学部医学科卒
1995年~1997年名古屋市立大学病院 精神神経科 勤務
1997年~2002年豊橋市民病院 精神神経科 勤務
2002年~2004年愛知医科大学付属病院 精神神経科 勤務
2004年~2007年矢作川病院 勤務
その他、社団法人岐阜病院、仁大病院、大同病院精神神経科などの勤務を経て、
現在、あいち熊木クリニック院長


■所属・資格他
精神保健指定医・精神科専門医・日本精神神経学会指導医・東洋医学会(漢方)専門医


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