[クリニックインタビュー] 2010/01/22[金]

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大学病院が医療の最先端とは限りません。患者のこと、地域のことを第一に考えながら、独自の工夫で医療の最前線に取り組んでいる開業医もたくさんいます。そんなお医者さん達の、診療現場、開業秘話、人生観、休日の過ごし方、夢などを、教えてもらいました。

第51回
野猿峠脳神経外科病院
ガンマナイフセンター
木根一典先生

出発は家族を守りたいという思い

yaen_clinic01.jpg 私が医師を志したのは、家族を守りたいという思いからです。私が小さい頃、父から“うちは癌の家系”であると聞かされていました。幼いながら癌にはなりたくないなあと思ったものでした。そして私が高校3年生のとき、母が脳卒中を患いました。幸いにも軽症でしたので完全に回復し、現在も元気にしておりますが、健康を害するつらさと恐ろしさを目の当たりにしました。父の言葉も頭をよぎるようになり、そのときから“病気を無くしたい。家族を助けたい”と強く思うようになったのです。
 医学の道に進んだ当初は、“癌の撲滅”を夢見て、好んで癌について勉強していました。ところが、脳について勉強を始めるようになったとき、その不思議な魅力にとりつかれ、すっかり脳の虜になってしまいました。実は高校3年生時に医学を志す以前は、数学が大好きで将来は数学者になりたいと思っていました。数学の手法で世の中を解明してやろうなどと息巻いていたものです。脳の神秘さには、その当時の好奇心をはるかに凌ぐ面白さを感じました。どうして私たちは思うように話ができて、自由に手足を動かせるのか、意識は何処からやって来るのか、どのようにして新しい考えが浮かぶのか、などなど。どんなに精巧にできた機械・コンピューターにも真似はできません。たった握り拳二つ分しかない大きさの脳が、意思・思考・意欲を持ち、底知れない創造性を秘めていることに魅了されたのでした。
 よく“頭の良い人は脳のしわが多い”などと言われますが、人の脳のしわは皆同じです。違いは、脳内の神経回路の出来・不出来にあるようです。過去の記憶などとも繋がって、さまざまな神経回路を巡ることにより、自分独特の思考や意思を形成すると言われています。そして、その神経回路は学習により鍛えられたり、新しい回路ができたりすることもわかってきました。ですから何度も繰り返し学習することによって回路の通りが良くなったり、近道ができたりして、反応が俊敏となるのです。あるいは習慣や行動パターンを変えたりすることにより、別系統の神経回路を働かせられるようになると、以前とは違った思考ができるようになったりもするわけです。とっても興味深いですよね。今、一つの例を挙げましたが、近年次から次へと脳のしくみが解明されてきており、いまだに私もワクワクドキドキの連続です。

脳神経治療に対して欲ばりな医師

 脳好きな私は、脳を病気から救いたく思い、脳神経外科を専攻しました。脳神経を守るために、私はいろいろな脳の病気の治療を行います。くも膜下出血や脳梗塞に代表される脳血管障害を得手としていますが、脳腫瘍(頭蓋底腫瘍)や外傷も治療します。また、脳から連続する脊椎脊髄、あるいは末梢神経の治療も好んで行います。浅く広くでは嫌なので、それぞれの専門家に負けないように一生懸命頑張っています。治療に関しては、とっても欲ばりなのです。診療の専門化が進んでいる現代では、一人で多くの疾患の治療を行う脳神経外科医は珍しいかも知れません。なぜいろいろな治療をするかというと、患者さんの一つの問題を解決すると、また別の問題が出てくることがしばしば経験されますし、いろいろな方面からの視点を持っていると診断・治療に深みが増してくるからなのです。強制されたのではなく、無我夢中のうちにさまざまな治療を行うに至った感じです。脳外科の先生には、患者さんが“手がしびれる”と言うと、“整形外科に行ってください”という先生がたくさんいます。残念なことです。しびれは何かしらの神経損傷が原因ですから、脳神経外科医がその原因を調べるべきだと思います。原因がわかれば当然治してあげたいと思うものです。日本の診療科の発展過程で、頚椎や腰椎疾患による神経痛の治療は整形外科が担当するようになりましたが、海外では脳神経外科医が担当するのが主流なのです。“脳神経を守りたい”と思うと、どうしても欲ばりになってしまいますし、そうあるべきだと思うのです。
 もちろん一人で欲張ったわけではありません。自分で言うのも変ですが、私は多くの優れた指導者に恵まれた幸運者と思います。脳神経外科へ導いていただいた富山医科薬科大学(現富山大学)の高久晃先生、遠藤俊郎先生をはじめ、東京大学の佐々木富男先生、江口恒良先生、川原信隆先生、北海道大学の岩崎喜信先生、上山博康先生、西島病院の橘滋國先生などなど、枚挙にいとまがありません。どなたも尊敬に値し、先生方に少しでも近づけるように頑張っています。さらに、心の拠り所にしている先生が東京都立墨東病院脳神経外科部長の竹村信彦先生(現都立大久保病院)です。患者さんに優しく親身になって接することを、自らがお手本になって教えてくださいました。“患者さんを元気にしたい”という気持ちで “温かい心の通った診療”をされます。真摯な姿勢で患者さんと心を通わせながら治療を施す姿は、私の心に強く残っています。私も見習って、常に“温かい心の通った診療”を心がけています。

脳治療の新たな幕開けに向けて


清潔で広々とした院内。看護士をはじめとするスタッフのていねいで行き届いた応対が心地よい。

 私が医師として一番喜びを感じるのは、何らかの治療で回復への手助けができて、患者さんが回復されたとき――意識が全くなかった方に意識が戻ったとき、動かなかった手足が動くようになったときです。脳卒中を患って救急車で運ばれてきた患者さんは、たいてい厳しい状態です。そのような患者さんに、手術を始めとしたいろいろな治療を施した結果、ご自分の意思を伝えられるまでに回復されたときは、ものすごく嬉しいですね。
 逆に“辛いなあ”と思うのは、患者さんを完全には良くしてあげられないときです。脳の損傷は何かしらの後遺症が残ります。命は助かったけれど立てなかったり、社会復帰できなかったり。今のところ、中枢神経(脳と脊髄)は自分で再生する能力が極めて乏しいと言われているので、損傷されると後遺症が残ります。後遺症が残る、自分がそういう世界で働いていることが、ときに、厳しく悲しいと思うことがあります。
 しかしあきらめている訳ではありません。
まずは、病気にならない事を第一として、脳の健康を保つための健康管理を啓蒙することです。微力ながら、機会を作っては地域の皆様に参考になるお話をさせていただいております。
 そして神経再生の実現です。現在、私たちも神経再生の研究に取り組んでいるところです。近年、人の幹細胞を分離することが可能となり、組織再生への期待が高まってきています。もちろん、脳神経の分野でも動き始めています。今のところは、“命を守って、脳神経損傷はできるだけ小さくする”というのが脳神経外科医の仕事であり、私たちの偉大な先輩たちが大変な思いをしながら築き上げてくれたものです。今後は、神経再生により“損傷された脳神経を限りなく元に戻す”ことが、私たちや次世代に望まれるのです。まだたくさんの壁を越えて行かねばなりませんが、きっと到達できると信じています。私がこの世にいる(笑)間に安全に実用化されるかわかりませんが、次世代にはきっと実現されるでしょう。そうすれば、患者さんの命を守り、かつ、後遺症が残った部分は神経再生で補うことが可能になります。“動かなかった手足が脳神経再生により動くようになる”これができるようになったときこそ、本当の意味で脳神経外科医の仕事が完結されるのだと思います。

健康を守るのは、一に水分摂取、二に正しい姿勢


院長室の本棚からは、日々学び続ける院長の姿勢がうかがえる。

 あまり大きな声では言えませんが、今、私自身が健康のために行っていることはほとんどありません。昔、野球やバスケットボールをしていたので運動は好きですが、今は時間も意欲もなくてなかなかできません。魚釣りも好きですが、船で沖に出たとたん、病院から呼び出されてしまう気がします(笑)。
 それでも健康のために、最低限、水分はよく取るようにしています。水分補給は、是非皆様にも心がけていただきたく思います。ご存知の通り、人の体は7割が水分でできています。水分不足は皆様の想像以上に体に悪影響を及ぼします。脳梗塞・心筋梗塞を代表とする血液循環障害はもとより、めまいの原因にもなりますし、感染症にも罹りやすくなります。通常は1日1リットル以上、脳梗塞を患ったことがある方は、1.5リットル以上の水分を摂取して欲しいと思います。
 また、姿勢を良くすることも大切です。姿勢が悪いと、頚や腰に負担がかかり過ぎるようになって、変形やヘルニアの原因となります。もともと人は二足歩行をしているため負担がかかりやすいので、せめて姿勢を良くして、過度の負担をかけないようにしたいものです。年齢がいくとご苦労されますから、気をつけていただきたく思います。
 一に水分、二に姿勢。この習慣が健康維持の第一歩と思っております。是非日々の生活のなかで気をつけていただき、“水分摂取と良い姿勢”を脳の神経回路で定着させて欲しいと思います。

取材・文/瀬尾ゆかり(せお ゆかり)
フリーライター・編集者。編集プロダクション勤務を経て独立。医学雑誌や書籍、サイトの編集・記事執筆を多数手掛ける。ほかに著名人・文化人へのインタビューや、映画・音楽・歴史に関する記事執筆など、ライターとして幅広く活動している。

野猿峠脳神経外科

医院ホームページ:http://www.shinwakai.or.jp/yaen/y_index.html
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駐車スペースはしっかりと完備されている。待合室には子供たちが退屈しないように、絵本やおもちゃのコーナーも。
京王線北野駅からバスで5分、野猿峠下車徒歩1分。詳しい道案内は医院ホームページから。

診療科目

脳神経外科、神経内科、循環器科、
麻酔科、リハビリテーション科、放射線科

木根一典(きのね・かずのり)院長略歴
木根一典院長
富山医科薬科大学医学部医学科卒業
東京大学医学部附属病院脳神経外科
鉄蕉会 亀田総合病院脳神経外科
1994年 東京大学医学部附属病院脳神経外科
東京都立墨東病院脳神経外科
北海道大学医学部附属病院脳神経外科
親和会 西島病院脳神経外科・脳脊髄神経心臓センター副院長
2009年 親和会 野猿峠脳神経外科・ガンマナイフセンター院長


■資格・所属学会他
日本脳神経外科学会専門医、日本脊髄外科学会認定医、日本脳神経外科学会、日本脳神経外科コングレス、日本頭蓋底外科学会、日本脊髄外科学会、日本小児外科学会、日本脳ドック学会 など



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