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[クリニックインタビュー] 2010/01/29[金]

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大学病院が医療の最先端とは限りません。患者のこと、地域のことを第一に考えながら、独自の工夫で医療の最前線に取り組んでいる開業医もたくさんいます。そんなお医者さん達の、診療現場、開業秘話、人生観、休日の過ごし方、夢などを、教えてもらいました。

第52回
赤枝医院
赤枝朋嘉先生

とても幸せで、とても辛いのが産婦人科

akae_clinic01.jpg 私の父と祖父は医師だったのですが、子供の頃「自分も医者になりたい」と思ったことはありませんでした。中学・高校時代は将来のことなどほとんど考えず、ラグビーに熱中していましたね。それに両親が離婚し私は母方にいたので、医師の世界がどういうものか、あまりよくわかっていなかったこともあります。
 私が医療の世界に入ったのは、「手に職をつけたい」と思ったからです。建築家や歯科医師も考えましたが、最終的に行き着いたのが産婦人科でした。産婦人科は産科と婦人科にわけられますが、産科は常に生命の誕生に携わる幸せな仕事で、婦人科は外科手術など、高度な技術が求められる仕事です。人と接するのが好きで、機械操作など技術的なことも好きな私には、ぴったりだと思ったんです。
 しかしそれは安易な考えでした。研修では、産科なら「赤ちゃんが無事生まれました、おめでとう」、婦人科なら「治ってよかったね」という幸せな部分ばかりを目にします。しかし実際に医師として仕事を始めると、辛い部分もたくさん見なければなりません。出産が無事に終われば幸せですが、もし赤ちゃんやお母さんが亡くなったりすれば、天国から地獄に変わります。それはご老人が老衰で亡くなるのとは違い、あると思っていた未来が急になくなることです。何科であっても責任はありますが、産婦人科は幸せいっぱいな部分がある反面、すごく辛い部分があり、自分に降りかかってくるものがとても重い。それほどニコニコしていられない、厳しい職業だとわかったんです。

患者さん一人一人に、きめ細かく対応したい


診察室に続く廊下。まるでリゾートホテルに来たかのよう。ほかにダイニングやマタニティホール、リラクゼーリョンルームも完備。

 今までいろいろな大学病院をまわってきましたが、ずっと感じていたのは「ベルトコンベアーのようなお産が多い」ということでした。医師は「赤ちゃんが生まれた、はい終わり」と、出産に対して淡々と対応しているだけで、妊婦さんが落ち込んでいたり、悩んでいる心の中にまでは入っていかない。妊婦さんにしてみれば、産婦人科へ行くたびに検診の先生が変わったり、分娩を担当するのが他から来た当直の先生だったりと、普段コミュニケーションを取れていない人がすべてを担当していく。しかし、それは今の医療では仕方のないことです。赤ちゃんは24時間365日ずっと生まれてくるけれど、医師も、出産できる施設も不足している。だから終始同じ医者が担当するのは無理ですし、そのことを非難する気持ちはありません。
 でも、私自身はそうしたくないと思っています。女性にとって、出産は一生のうちの一大イベント。だから私も、担当する方のお顔をちゃんとわかったうえで、それぞれの出産を大切にしてあげたい。開業した理由も“一人ひとりに対してオーダーメイドの診療、分娩をしたい”という思いからでした。
 私は妊婦さんのお顔を見たときに「はじめまして」ではなく「こんにちは」と言えるようにしたいと思っています。そのため、当院には当直の医師を置かず、私と同じ志を持つ副院長と二人体制ですべての出産を受け持っています。副院長は誠実で、患者さんに対して優しく接することができるので、非常に信頼しています。大学時代の後輩なので気心も知れて、今や阿吽(あうん)でわかりあう感じですね。
 私たちは大学時代、ヨット部に所属していました。当時の私は、学校以外ではほとんど“海で生活していた”といってもいいくらい、ヨットに熱中していたんです。ヨットというのは面白いスポーツで、医療につながるところがあります。ヨットは二人乗りなのですが、後ろに乗る人は、ただ帆と風向きだけに集中して操縦します。一方、前に乗る人は海や空の様子など周囲の情報を操縦者に伝える役割なんです。操縦者は、風をつかまえつつ、前の人の情報を判断し、操作する。その二人のチームワーク、信頼関係のあり方は、同じく二人体制で行う外科手術とよく似ています。「ヨットが上手い人は医者になっても伸びる、成功する」と言われていましたが、今、その理由がよくわかります。
 今もたまに休みがとれると海に行って、後輩の指導をすることがあります。でも自分でヨットを動かすことはありません。健康のためにしていることといえば、たまにジムに行くくらい。患者さんには健康についていろいろ言うものの、自分では全然できていません。赤ちゃんは夜中でも昼間でも生まれるので、睡眠不足になりがちなのも困りものです。合間に睡眠時間を確保したいのですが、それもなかなか難しいですね。

無事に過ごせたことに感謝する毎日


待合室横のキッズルーム。外の光があたたかく差し込む。

 仕事をしていて「難しいな」と思うことはいくつかありますが、そのひとつは“女医さんにはやっぱり勝てない”ということです。私には、子宮もないし、おっぱいもない。自分が生理になって生理痛を味わうこともなければ、出産するわけでもない。そのうえで患者さんに指導やアドバイスをしなければならないので、女医さん以上に丁寧に、誠意をもって対応することを普段から心がけています。やはり男性が局所を見るわけですから、誠意がなければ信頼してもらえないですよね。
 もうひとつは、「お産は無事に終わるもの」と当然のように思っている方が多いことです。確かに現代日本では、医療や医療機器、医師の体制が発達しています。しかしそれでも、全員が全員、100パーセント無事に産めるわけではありません。動物の出産を見ると、例えば犬なら何匹も赤ちゃんが出てきて、そのうちの数匹が死んでしまうことは珍しくない。人間の場合も、出産時に何かが起こって母体が亡くなったり、元気に生まれたと思った赤ちゃんが、実は病気を持っていたりすることがあります。それは生命が誕生するときにどうしても起こり得ること、自然の姿なのです。
 だからといって、実際身に起こったご本人やご家族は簡単に納得などできませんし、怒りをどこにぶつけていいのかわからない。そんなとき、矛先になるのは医療者です。私たちもそれは仕方がないことと受け止めていますが、心のなかではとても辛い。後から何をどう考えても、その結果を防いであげることができないからです。
 当初は、産婦人科医を「喜びに満ちた仕事だ」と思っていました。しかし今私は、常に「悪いことや、予期せぬことを防がなければ」と気が張り詰めています。そのため赤ちゃんが無事に生まれたときの気持ちは、“喜び”よりも“安心”です。一日の終わりに「ああ、今日も一日無事に過ごすことができた」と感謝する、そんな毎日の積み重ねなんです。だからこのまま大きな事故もなく、無事に自分が引退できたときに初めて「たくさんの出産に立ち会えて良かったな」と、心から喜ぶことができるのだろうと思います。

大切な自分と赤ちゃんのために、リスクを知って

 これから妊娠・出産する方に知って頂きたいのは、“施設には施設なりの役割がある”ことです。出産ができる施設には、個人病院、中規模病院、大病院とありますが、誰でも、どこでも産めるわけではないのです。
 例えば、40代で初めて赤ちゃんを産む場合、そこには年齢のリスクがあります。ジャガー横田さんは40代でお子さんを下から生みました。しかしきっと相当な思い、それこそ死ぬ思いをして産んだと思いますし、リスクも当然知っていたと思います。「40代で無事産みました」という報道だけを見て、「私にもできる」と思う方がたくさんいらっしゃるんですが、皆が同じように産めるわけではないんです。年齢や肥満など、お産に関するリスクの項目はたくさんあります。「自分はリスクがあるから、小さい病院ではなく大病院がいいな」というように、自分がどんなリスクを持っているかを把握し、そのうえで施設を選ぶことが大切です。その判断が間違っていた場合、速やかに情報を整理して、適切な施設にご案内するのが、私たち医師の役目だと思っています。
 出産は、医者や助産師が“産ませてあげる”のではなくて、“自分自身で産む”ものです。当然、何かあったときは医療介助しますが、予期せぬことが起こり得ることを、念頭において頂きたいと思います。
しかし悪いことばかり考えていても胎教によくありません。妊婦さんには、かけがえのない妊娠期間をリラックスして、楽しんで過ごして頂きたいですね。

取材・文/瀬尾ゆかり(せお ゆかり)
フリーライター・編集者。編集プロダクション勤務を経て独立。医学雑誌や書籍、サイトの編集・記事執筆を多数手掛ける。ほかに著名人・文化人へのインタビューや、映画・音楽・歴史に関する記事執筆など、ライターとして幅広く活動している。

赤枝医院

医院ホームページ:http://www.akaeda-clinic.com/
akae_clinic_b01.jpg akae_clinic_b02.jpg akae_clinic_b03.jpg
明るく開かれた空間の待合室には、ほのかにアロマオイルが香る。待ち時間にはハーブティーでリラックス。
京王線聖蹟桜ヶ丘駅から徒歩3分。詳しい道案内は医院ホームページから。

診療科目

産婦人科

赤枝朋嘉(あかえだ・ともよし)院長略歴
赤枝朋嘉院長
1999年 東京医科大学卒業
同大学病院 産婦人科入局
2003年 聖ヨハネ会桜町病院 産婦人科医長
2005年 医学博士号取得
赤枝医院 院長


■資格・所属学会他
日本産婦人科学会、産婦人科内視鏡学会、日本胎盤学会、日本放射線科学会

■学会活動
日本産婦人科学会シンポジスト。また父とともにgirls guard 運動に参加、現在も活動中。



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