第56回 専門医療を、オールラウンドに提供したい
[クリニックインタビュー] 2010/02/26[金]
大学病院が医療の最先端とは限りません。患者のこと、地域のことを第一に考えながら、独自の工夫で医療の最前線に取り組んでいる開業医もたくさんいます。そんなお医者さん達の、診療現場、開業秘話、人生観、休日の過ごし方、夢などを、教えてもらいました。
第56回
表参道内科胃腸科クリニック
大黒 学先生
兄の影響で、医療の道へ
僕は子供のころから「建物」にとても興味がありました。かっこいいビルや城を見たり、模型を作るのが大好きで、幼いながらも「将来は絶対に建物を作る仕事をするんだ」と思っていたんです。高校生になってもそれは変わらず、新しい建物から古い建物、設計や土木にまで興味は広がり、大学も工学部を希望していました。
そんな僕が何故、医療の道に足を踏み入れたか。それはひとえに、医師である兄の影響です。兄は高校生の頃から医学部を志望しており、僕は毎日のように「医学は面白い」と聞かされていたんです。やがて兄が医学部生になると、本格的な医療の話も聞くようになりました。生身の人間を相手に治療することの難しさや喜びについて。日常生活にはないやりとりのなかで、相手の気持ちを汲み取ることの大切さ、先読みしすぎても失敗すること。兄なりに懸命に模索し、僕に話すことで頭の整理をしていたのでしょうね。
いきいきと、やりがいを感じながら働く兄を見ているうちに、僕も「医者って面白そうだな」と思うようになりました。それをきっかけに病気や医療関係の本を読みはじめたのですが、建築とはまた別次元の面白さを感じました。そして「医療はとても奥が深く、人の役にたつ仕事だ」と確信し、医師の道を歩み始めたのです。
内視鏡の明快さと、肝臓の複雑さが魅力
医療を学ぶなかで、最初に惹かれたのが内視鏡治療でした。内視鏡はお腹を切らず、器械を使って内側から治療するので、手の届かないところに処置ができます。内科は、ともすればデータ処理的な治療になりがちです。血液検査をはじめとするさまざまな検査データから検証し、医学的根拠に基づいて治療方法を決める。でも内視鏡治療は、はっきりと器械でお腹を覗くことができ、「動かぬ証拠」を捉えることができます。内科でありながら外科的な側面もあり、それが僕にはとても面白く感じました。
もうひとつ、僕がとても惹かれたのが「肝臓」です。肝臓の面白さは、いろんな側面を持っているところ。例えば肝臓が病気になるとき、その要因はひとつではありません。ウイルス肝炎は、一種のウイルス感染症で「感染症領域」。肝癌は、「癌領域」ですね。脂肪肝になると、「代謝領域」です。肝臓は、臓器のなかでも重要な働きをするがゆえに、さまざまな疾患にかかる、非常に奥が深い臓器なのです。
しかしやっかいなことに、捉え方が非常に難しい臓器でもあります。疾患によって見た目が大きく変わることもなく、“沈黙の臓器”と言われるように、自覚症状もありません。そのため専門的に、徹底して勉強しないと診断が非常に難しいんです。だからこそ細かく分析していくのが肝臓専門医の醍醐味であり、面白いところ。今も、変わった症例があるとつい目を輝かせてしまいます。
僕は長崎医療センターにいた頃、三人の先生から肝臓について多くのことを学びました。矢野右人先生は、肝臓病に対する情熱、熱意に溢れた方です。「肝臓とは、こんなに面白いんだ」というお話をたくさんして頂き、とても影響を受けました。古賀満明先生は、肝臓のスペシャリスト。患者さんを主体としながらも、無駄がなく効率のよい治療のやり方を教わりました。八橋弘先生はC型肝炎の第一人者で、薬害C型肝炎などの国の有識者会議にもお出になっている方です。とにかく臨床経験が豊富で、膨大なデータを持っておられる。それだけでなく、経験に基づいた判断を上手にブレンドなさる方です。「データだけで患者さんは納得させられないよ」と、我々の気持ちをよく分かって下さいます。このお三方に教えて頂いたことが、僕の土台になっていると思います。
分かりづらいことを、分かりやすく

おしゃれで温かみのある内装。点滴室も併設されているので、待たずに疲労回復できる。
診察の際、胃カメラの結果説明や、「ポリープがあるから切りましょう」といった話なら、たいていの患者さんに理解して頂くことができます。僕が「内視鏡は明快だな」と感じるのと同じで、患者さんにとっても分かりやすいんですね。しかし内科疾患については、詳しく説明したつもりでも、後でご本人に聞くと半分くらいしか伝わっていないことがあります。特に肝臓のことは、話しても話しても伝わりきらない部分があるので、難しいですね。患者さんにまったく医学的知識がないものと仮定して、そのうえでどういう説明をすれば分かってもらえるかを、時間のあるときによく考えています。
内科疾患の話が分かりづらいのは、無理もないことです。例え知識を持っている医師であっても、専門外の症例について10分で話して、内容をすべて理解してもらえるかといえば、必ずしもそうではない。本来なら1時間以上かけて話さなければならないことを診察時間内に話すのですから、患者さんがすべてを理解できるわけがないですよね。
重要なのは、ダメなものをダメと言ったとき、「なぜダメか」を理解してもらうことなのだと思います。言ったことを守ってくれなければ、どうなってしまうか、我々は分かっている。知識だけでなく、症例として実際に見て、知っている。だからこそ、患者さんにはそうなってほしくない。だからとにかく我々は説明し続けて、最終的に何とか理解してもらえれば良いのかな、と思います。
懸命に働く人々を、サポートしたい
医療には、いろいろな役割分担があります。大学病院などの大きな病院では高度で専門性の高い治療をしますし、街のクリニックでは初期の治療が必要な患者さんを診る。役割をはっきりさせるために、我々は開業した時点で「専門性の極めて高い医療」を捨てる決意をしています。専門性の極めて高い医療を追求したいなら、それ以外のことはできない状況で、特化していかなければならないからです。
僕は大きな病院で勤務していたとき、最先端の治療を行っている魅力と自負を感じていました。それは確かに生きがいのあることでしたが、もっと幅広く欲張りたい、オールラウンダーになりたいと思い、開業を選んだ。つまり、治療難易度的には一段下がるけれど、広範囲のエリアを手がけることを選んだんです。
僕は、オールラウンダーであり、さらに最高の技術と安全性を提供できる医師になりたいと思っています。本音を言えば、最先端医療の追求に未練がないわけではない。しかしそれよりも、さまざまなライフスタイルの方がいる街のなかで、一人ひとりが求める専門医療をしていくことが目標です。この表参道では、皆さん一生懸命お仕事されています。そのストレスや体調不良を少しでもサポートできればと思い、仕事が終わってからでも来ることのできる診療時間にしていますし、疲れやストレスをすぐに取り除いてあげられるよう、点滴スペースも構えています。来てくれた患者さんが納得し、満足する治療ができるよう、いろいろな工夫をしていきたいですね。
街なかに隠れた名所を探して

オアシスのような待合室。さまざまな医院が併設するメディカル・コンプレックスは、都会に働く人々にとってありがたい場所だ。
今も相変わらず、建物は大好きです。なかなか時間がとれませんが、もしできれば京都や奈良に行って、古寺名刹を散策したいですね。ゆっくりお寺を巡り、仏像を見られたら嬉しいです、変な奴と思われるかもしれませんが(笑)。
最近は、都内を自転車で探索することもあります。東京は、古い建物と新しい建物が入り混じっています。例えば旧東海道、お台場や東京湾沿いには、大砲を設置してあった跡や坂本竜馬が出入りしていた場所などがあり、江戸の名残とにおいを感じられて面白いですよ。
近代的なビルを眺めるのも好きです。気に入っている風景は、汐留のあたり。非常にモダンで近未来的な、いい建物があります。丸の内や霞ヶ関もいいですね。クリニックがある表参道から代々木にかけても、日本の有名な建築家が手掛けた素晴らしい建物がたくさんあります。自転車だと、立ち止まり、引き返すことも簡単です。あちこちから建物を眺めていると、時間がどんどん経ってしまいます。運動不足も解消できるし、一石二鳥。おすすめですよ。
フリーライター・編集者。編集プロダクション勤務を経て独立。医学雑誌や書籍、サイトの編集・記事執筆を多数手掛ける。ほかに著名人・文化人へのインタビューや、映画・音楽・歴史に関する記事執筆など、ライターとして幅広く活動している。
表参道内科胃腸科クリニック
医院ホームページ:http://www.omotesando-clinic.com/

地下鉄表参道駅から徒歩2分。詳しい道案内は医院ホームページから。
診療科目
内科・胃腸科・内視鏡科・肝臓内科・呼吸器科
大黒 学(だいこく・まなぶ)院長略歴

1996年 消化器専門医として胃腸・肝胆膵疾患の診療に、総合内科医として主に生活習慣病の診療に従事。
2002年 国立長崎医療センター消化器科(肝疾患センター)部長、長崎大学大学院新興感染症病態制御学系専攻・肝臓病学講座准教授(2004年より兼任)
2006年 米国Johns Hopkins Hospitalでの短期研修、国内健診専門施設でのPETがん検診研修、虎の門病院非常勤医師、都内医療機関健診部門長
2008年 表参道内科胃腸科クリニックを開設
■資格・所属学会他
医学博士、労働衛生コンサルタント・日本医師会認定産業医、サプリメントアドバイザー(日本臨床栄養協会)、人間ドック健診情報管理指導士(日本人間ドック学会 )、日本旅行医学会認定医、日本内科学会専門医、日本消化器内視鏡学会指導医(専門医)、日本消化器病学会専門医、日本肝臓学会専門医、米国内科学会、日本糖尿病学会、日本大腸検査学会、日本がん検診・診断学会など
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