[うつ病患者の視線「病院と薬」] 2010/08/20[金]

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 私たちが病気や健康法、治療法を知るのは、医療従事者からとは限りません。むしろ、テレビや新聞などマスメディアを通して情報に触れることの方が多いのではないでしょうか。最近、医薬品情報学の第一人者、東京大学・澤田教授は、医薬品の副作用をテーマとしたテレビ番組を例にその影響力について調査を行いました。学会でも注目されたその結果について、澤田先生にお聞きしました。

衝撃的だったNHKの「抗うつ薬の副作用」放映

 調査対象としたテレビ番組は、2009年6月にNHKが放映した『クローズアップ現代:抗うつ薬の死角~転換迫られるうつ病治療~』です。抗うつ薬の服用は他人を攻撃する危険性をはらむという内容です。視聴率は13.4%(関東地区、ビデオリサーチ)に上り、医療現場でも大きく話題になりました。番組が、患者や医療現場にどんな影響を与えたのか、それに対して医療者はどう考えたのか、などをアンケートで尋ね、医師181名、薬剤師346名、一般生活者2,198名から有効回答を得ました。
 なぜこの調査を実施したのでしょうか。澤田先生に聞くと、「抗うつ薬には、服用を突然中止すると強い離脱症状を引き起こしかねないものがあります。番組を見て勝手に薬を止めた患者がいたとしたら、それはとても危険なこと。食品の健康効果を誇大演出するテレビ番組も問題ですが、今回のは、さらに大きな影響を与えた可能性がありますから、確認が必要と考えたわけです。」との答でした。

番組が医療現場に多大な影響を及ぼしたと判明

 はたして調査結果によると、「番組を見て、勝手に服用中止した患者がいた」と報告した医師が4%いました。少ない比率と思うかもしれませんが、治療に直接の影響を及ぼしたわけですから、ことは甚大です。それに、後述するようにこの数字は医師が把握している範囲内のものですから、実態はもっと大きいと考えるのが自然です。
 勝手に薬を止めないまでも、番組に関して「患者や家族から質問を受けた」医師は21%、薬剤師は18%にのぼりました。疑問を抱いても医療者に質問しなかった患者もいたでしょうから、やはりテレビ番組の影響力は大きいと言えます。ただし、医師が質問に回答しさえすれば、患者は「納得した様子」になるケースが多かった(71%)こともわかりました。薬剤師からの回答傾向でもほぼ同様でしたから、患者の疑問は医療者に相談しさえすれば解決される内容が多かったようです。
 このように医療現場に大きな影響を与える番組をテレビが放映したことに対して、医師はどう考えているのでしょうか。「患者不安をあおるだけ(44%)」などの否定的な意見がある一方で、「処方の見直しなど、医師の自己反省になる(30%)」といった肯定的な意見も少なくありませんでした。薬剤師も同様に、賛否両論でした。しかも注目すべきは、肯定派と否定派の両方がいたというよりは、一人の医師・薬剤師が、肯定・否定の両視点を持って葛藤していたことです。

薬の話がテレビに出ると、患者の9割は「気になる」

 様々なメディアのなかで、生活者が医療関連情報を最も得ているのはテレビでした。そして一般論として「テレビ番組で自分や家族が服用中の薬の話が出ると気になる(93%)」と、影響を強く受けることを認めています。この調査の回答者層がインターネット利用者だったことを考え合わせると、国民の平均像ではもっとテレビ影響が大きいことでしょう。
 そしてテレビの情報が「副作用」の場合には、「まずは医師や薬剤師に質問する」が大半を占めるものの(74%)、「まずは服薬を中止する/させる」(13%)、「まずは薬を減量する/させる」(4%)と医療者に相談せずに行動に移す人が存在することがわかりました。服薬を勝手に中止した人の多くは、通院も中止するでしょうから、心配です。一方、「特に何もしない(従来通り服用を続ける)」と、行動面に影響を受けない人も9%いました。

テレビは、医療者・患者間のコニュニケーションきっかけになる

 今回、「患者や生活者はテレビの医薬情報に大きなインパクトを受けること」と「話題が副作用の場合、大半の人は医師や薬剤師に相談するものの、勝手な判断をする人も一定割合存在すること」が、医療者向け・患者向け双方の調査で裏付けられました。
「だからといって、この種の放映はけしからんという結論になるわけではない。」と澤田先生は言います。それは、番組がきっかけとなって、「多くの医療者・患者間でコミュニケーションに拍車がかかった」事実に注目するからです。
 「医師・薬剤師は、テレビ番組にはインパクトがあることをよく認識し、患者・一般生活者の相談に慎重に答えることが必要」で、一方「患者・生活者は、テレビ番組の情報をうのみにせず、医療従事者に相談するなど慎重に行動することが必要」と、澤田先生は双方にメッセージを送ります。
 さらに、テレビ番組の制作・放送者に対しても、「医療専門家の参画を得て最大限話し合い納得した上で、医療消費者と医療従事者への影響を可能な限り予測し、医薬品不適正使用につながらないように慎重に行動することが必要と思います。また、番組中に“個人の判断で服薬を中止するのは危険です。不安があれば、専門医に相談して下さい”といったテロップを常時、画面に表示することも検討して欲しい。」と呼びかけました。

「うるさい患者と思われていいじゃないですか。」

 最後に、QLife読者へのメッセージも頂戴しました。それは、「電話で医療者に尋ねる」ことのススメ、です。
 「治療法というのは、コミュニケーションを取りながら決まっていくものです。患者さんが悩むのは自然なことですから、そのまま悩みを聞いてもらいに病院に行って下さい。」ところが、なかなか診察室では全てを聞けないものです。「そう。私もよく、家に帰ってから“あれを聞いておけばよかった”といった疑問が出ますよ。そんなとき、悶々としないで勇気を出して医者に電話してください。“そんなことすると『うるさい患者』と思われてしまう”と心配する人もいますが、実際には喜んで対応する医療者は多いし、仮にそう思われたとしても別にいいじゃないですか。」とのことです。
 澤田先生ほどの専門家が、診察室ですべての質問ができない、というのは意外ですが、それなら私達が上手に質問できないのは当たり前ですね、なんだか勇気がわいてきませんか。

東京大学大学院薬学系研究科・情報学環 澤田康文教授

1974年03月 東京大学薬学部薬学科卒業
1976年03月 東京大学大学院薬学系研究科修士課程修了
1990年06月 東京大学助教授(医学部)、附属病院薬剤部副薬剤部長
1995年04月 九州大学教授(薬学部)
2004年10月 東京大学大学院薬学系研究科教授

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