[特発性正常圧水頭症(iNPH)とは] 2019/12/25[水]

いいね!つぶやく はてなブックマーク

 特発性正常圧水頭症(以下、iNPH)は、高齢者によくみられる症状を呈するため、患者だけでなく医師にとっても気づきにくい疾患であると言えます。そのため、正確に診断されるまでに時間がかかる場合がありますが、発症から治療までに長期間を有した例ではシャント手術を受けても望むような改善が見られない場合もあるようです。最適なタイミングで治療を受けるために、早期に気づいて診断を受けるにはどのような点に注意すればよいか、豊富なiNPH治療経験を有する、国立精神・神経医療研究センター病院の岩崎真樹先生にお話を伺いました。

シャント手術は、早期に行うことが重要

iNPHのシャント手術のタイミングに関して、どのようにお考えでしょうか。


国立精神・神経医療研究センター病院
脳神経外科部長 岩崎真樹先生

 これまでの治療経験から、症状が出ていても適切な治療を行わないまま何年も経過したiNPH患者さんでは、シャント手術を施しても思うような改善が得られにくいことがあると感じています。手術時期を検討した臨床試験においても、早期にシャント手術を行ったほうが手術を遅らせた場合よりも症状の改善率が高いことが報告されています1)
 つまり、治療タイミングという観点において、iNPHの早期発見が非常に重要であると考えられます。

適切な治療を受けずにいた場合、どのような症状の経過をたどるのでしょうか?

 症状の進行については個人差がありますが、およそ年単位で進行します。日本における疫学調査では、全く症状が無いものの頭部画像診断でiNPHが疑われた患者さんの1/4が4〜8年で症状が現れたことが報告されています2)
 症状の経過としては、初めは歩き方が不安定になる、転びやすくなるなどの歩行障害が多く見られます。それから物忘れなどの認知障害や尿失禁などの排尿障害が現れます。適切な治療を受けずにいると、これらの症状が重なって現れるようになります。やがてそれぞれの症状が重症化すると外出や移動が困難となり、寝たきりの状態になります。

早期に発見し治療を行うための注意点とは

歩行障害、認知障害、排尿障害が同じiNPHによる症状であると気づいていない場合、患者さんはどの診療科を受診している可能性があるでしょうか?

 iNPHでは最初に歩行障害が現れることが多いので、整形外科を受診される患者さんも多いと思います。また、認知障害からアルツハイマー病などを疑う方も多く、かかりつけ医をはじめ精神科や脳外科、神経内科、物忘れの専門外来を受診される方もいます。尿失禁は年齢のせいと考える方が多く、泌尿器科を受診される患者さんも多いのではないかと推察します。
 一見、これらの症状は別々の病気であるように見えますが、iNPHというひとつの病気である可能性がありますので、思い当たる症状があれば医師に相談して頭部画像を調べてもらいましょう。

iNPH患者さんが最初に受診すると考えられる診療科
診療科 似た症状を呈する疾患等
整形外科 脊柱管狭窄症、ロコモティブシンドロームなど
脳外科/神経内科 パーキンソン病、アルツハイマー型認知症など
精神科/物忘れ外来 鬱、アルツハイマー型認知症など
泌尿器科 過活動膀胱、前立腺肥大症など
その他 老化、フレイル

iNPHを早期発見するために、他に注目すべき症状はありますか?

 自発性が低下する、物事への関心が低下してしまう、動きが少なくなる、表情が乏しくなるなどの精神症状が挙げられます。これらの症状から、鬱と診断される場合もあります。一方で怒りっぽくなる患者さんもみられます。これらは患者さんご本人では自覚しにくいので、家族やそばにいる方に気づいてもらいたい症状といえるでしょう。

健康診断などの結果からiNPHを疑うことは可能でしょうか?

 iNPHの発症には、高血圧、糖尿病、低耐糖能などの基礎疾患が危険因子として考えられますが、残念ながら現時点では予測や予防に役立つところまでは分かっていません。
 最近では脳ドックを受ける方が増えているといいます。脳ドックで行われる画像検査によりiNPHが早期に発見される可能性はあると思います。

早期治療のカギは、疾患への興味や疑問

 iNPHは症状がよく似た疾患が多いこともあり、医師でも気付きにくい病気です。ですので患者さんの問診やご家族から得られる情報無しには、iNPHの早期診療につなげることができません。
 最適な診断・治療にたどり着くには、患者さんやご家族自身がiNPHの症状や治療に興味を持つことが大切です。転びやすい、スムーズに歩けないなど自覚症状を感じたとき、また家族や介護者から見て歩き方がおかしい、元気がないなどの違和感を覚えたときは早めに医療機関を受診しましょう。そして、少しでも疑問を持ったとき、少しでも気になることがあったときには遠慮なく医師に相談してください。そうした質問や促しが医師に多くのことを気づかせ、早期の診断・治療につながります。

1)Kazui H, et al.: Lancet Neurol. 2015; 14:585-594
2)Iseki C, et al.: J Neurol Sci. 2009; 277:54-57

国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経外科部長 岩崎真樹(いわさき まさき)先生
平成9年 東北大学医学部医学科卒業。医学博士取得。
東北大学病院脳神経外科講師を経て、平成28年5月より現職。
日本脳神経外科学会専門医、日本小児神経外科学会認定医、日本てんかん学会認定臨床専門医、日本臨床神経生理学会認定医
記事の見出し、記事内容、およびリンク先の記事内容は株式会社QLifeの法人としての意見・見解を示すものではありません。
掲載されている記事や写真などの無断転載を禁じます。