インタビュー 渡辺雅彦(わたなべ・まさひこ)先生

[インタビュー] 2014年9月09日 [火]

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渡辺 雅彦 東海大学医学部外科学系整形外科学教授
1962年神奈川県生まれ。87年慶應義塾大学医学部卒業。伊勢原協同病院、済生会中央病院、静岡赤十字病院副部長などを経て、98年慶應義塾大学医学部整形外科助手。2000年米国コネチカット州立大学Physiology & Neurobiology postdoctoral research fellowとして留学、脊髄損傷の病態と再生について研究。帰国後、02年10月より東海大学医学部外科学系整形外科学講師、06年同助教授、07年同准教授を経て、11年より現職。

医師の必要性や得意技を優先せず、患者さんの声に耳を傾ける。そこから、一人ひとりに合ったオーダーメードの治療が生まれます。

「手術は壊すことですから」

 渡辺先生の口から一瞬ドキッとする言葉が飛び出します。MIS(最小侵襲手術)が盛んに研究、追求され、患者さんへの負担はどんどん小さくなっています。しかし、見方を変えれば、負担は決してゼロになることはありません。「どんなに小さくても患者さんに何らかの負担を強いる。それが手術という治療法です」

 だからこそ、手術を選択するに当たっては、その必要性とともに、どんな手術法が適切かを特に慎重に考えます。「医師にとって必要であるとか、得意であるとかの主観は一切取り除かなくてはいけません。若い人は、それと気づかぬうちに自分の考えを優先していることがあります」

 手術を提案している担当医と一緒に改めて患者さんの話に耳を傾けるために病棟へ赴(おもむく)こともしばしば。「すると、どうも話が違うんですね」

 患者さんが、いちばん困っていること、つらい症状は何か。麻痺や筋力の程度は?「常に患者さんの訴えに戻る。そこからしか、その人にふさわしい治療法は出てきません」

 ジーンズが似合う人、タキシードが似合う人、和服が似合う人。「患者さんはそれぞれです。たとえば、自分は和服を縫うのが得意だからといって、ジーンズの似合う人に、無理やり和服を勧めてはだめ」

 その都度、若い医師たちにはくどいくらいくり返します。「治療はオーダーメードの時代に入りました」

 渡辺先生自身、ヘルニアとは20数年来のおつきあい。「ストレスや疲労がたまったときなど、ときに症状に悩まされますが、だましだましつきあうこともできる病気。ただし、排尿障害や麻痺が出たら、緊急に手術が必要です」

 一度ダメージを受けたら元に戻らない、それが、神経にかかわる医師にとって最大の壁。いろいろな分野で再生医療の研究が進められていますが、背骨の分野も例外ではありません。渡辺先生が留学時代から取り組んでいるのも、その一つ。「脊髄損傷の再生にかかわる細胞の研究を続けています。完全な再生は無理でも、少しでも機能を残せないか」

 大学院生たちと、臨床応用の道を探っています。

「背骨に腫瘍ができると多くの機能が失われる可能性があります。患者さんには30~40歳代の働き盛りの人が比較的多く、無念な思いであきらめざるをえない家族の方たちの姿もたくさん見てきました」

 脊髄腫瘍の40歳代男性の患者さん。一度は手術で治療がうまくいきましたが、しばらくして再発。放置し、頸椎に広がってしまえば、呼吸停止の危険性があり、脊髄神経ごと腫瘍を切除という苦渋の選択をしました。下半身の麻痺が残りましたが、その後、身体障害者向けの自動車運転免許をとるなど、前向きに生活を続けているそうです。「こちらの説明をきちんと理解し、納得してくれて、むしろ感謝されました」

 渡辺先生にとって、その「ありがとう」は感謝以上に「もっと研究を進めて」の激励がこもった言葉に聞こえるのかもしれません。

「組織の歯車になるのは嫌」と医師の道を選んだ渡辺先生。「会社の売り上げが数億円だとすると、自分の働きはそのうちのどれくらいなのか。企業に入ってしまうと自分のしたことのアウトプットがわかりにくい気がしました」

 それに比べ、医療では「うまくいけば、すぐに患者さんの笑顔が返ってきます」

 もちろん、努力しても笑顔ばかりではなく、シビアな反応も引き受けなくてはならないことは痛いほど経験してきました。だから「患者さんには謙虚に」を心がけます。部屋に戻って机に座り、正面の壁を見上げれば、そこには「雨ニモマケズ」が。「『ミンナニデクノボートヨバレ/ホメラレモセズ/クニモサレズ/サウイフモノニ/ワタシハナリタイ』今の心境そのものです」

(名医が語る最新・最良の治療 腰部脊柱管狭窄症・腰椎椎間板ヘルニア 平成25年2月26日初版発行)

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